第44話ダンジョン町建設現場

八穂やほ、外へ出て見ろ」

定休日、仕込みをしようとキッチンで準備していた八穂に、十矢とうやが裏口から声をかけて来た。


「なに? これから仕込みなんだけど」

「いいから、はやく。見たいだろうと思って」


「なんだろう」

八穂は、しかたなく準備の手を止め、サンダルをつっかけて、裏口から外へ出た。


 八穂の家の前は、短い芝のような草の生えた空地で、その前はトワ男爵の兵たちが踏み固めて作った道になっていた。


 まわりに生えていた木立ちは、今は伐採されて、やがては街の一部になる予定の広い平地が広がっていた。


 その平地の先に、幅が数メートルはあるだろうか、灰色の巨大な石のかたまりがあった。


「なにあれ?」

八穂があっけにとられて見ていると、ズズズズン……という地鳴りのような音を響かせて、それが少しずつ盛り上がっているのだった。


「街のまわりを囲む、石壁を作っている」

十矢が説明した。


「魔術?」

「ああ、土属性の魔術だな」

「すごい!」


「国から派遣された魔術師が到着したんだ。今日から作業開始らしい」

少しずつ高さを増している石塊の足もとには、数人の黒いローブ姿があって、なにか声をあげて、手を動かしているのが見えた。


石塊せっかいは高さ数メートルほどに達すると、それ以上盛り上がるのやめた。

「止まったみたい」

「そうだな」


 石壁は真っ直ぐに建っていたが、高い部分や低い部分があって、遠くからみるとギザギザでそろってはいなかった。


 見ていると、黒いローブの一人が浮き上がり、石壁の上へ建つと、ビュンと鋭い風切り音がして、ギザギザが削られ、平らになった。


「すごい、すごい!」

八穂は、目を丸くして叫んだ。生まれて初めて見る、魔術による建設に驚くと同時に、夢中になっていた。


「おそらく風属性だな」

「そういえば、ミーニャは水と風が得意って言ってたね」

「そうだな。攻撃力高いから、ミーニャもあれくらいはできるだろう」

「魔獣なんて一撃できそうだね」


「十矢は、壁建設、見たことあったの?」

「いや、話には聞いていたが、実際見るのは初めてだ」

「これなら、重機なんかいらないね」

「確かに」


 しばらくすると、先ほどの石壁の横に、また石塊が盛り上がりはじめた。


「これを繰り返して行くわけだな」

「そうね、街全体を囲むには時間がかかりそうね」

「魔力にも限界があるだろうしな」


 見ているうちに、石壁は、五つ盛り上がった後で止まった。

壁の下では、作業員らしい人が大勢いて、落ちた石の塊を荷車乗せ、運び出していた。


「石壁ができれば、魔獣が外へ出ない。あれ?」

八穂は、何のための石壁なのか、考えてしまったようだ。


「ああ、トワなんかの石壁は、危険な魔獣が入らないようにだけど、ダンジョン町の石壁は、魔獣が出ても、外へ出ないように建てるんだ」

十矢が笑った。


「ええ、それじゃ、町の中は危険ってこと?」

「まあな。でもダンジョン町には冒険者が多く滞在するから、すぐに倒せるさ」

「そういうわけね」


「それに、ほら、あれ」

十矢が顔を向けた道の奥から、白いローブの集団が歩いてきていた。

トワ男爵の秘書のエルマン氏が先導して、数人の護衛らしい冒険者と、二十人ほどの男女が、八穂の家の前を通り過ぎて行った。


「あれは?」

「あれは教会の神官たちだ」

「へえ、教会って、エリーネ神の教会かな」

「そうだな、このあたりで信仰されてるのはエリーネ神だから」


「神官が何のために来てるんだろう」

「後で見に行ってみるか。魔獣が外へ出ないように、ダンジョン周辺に結界を張るんだ」


「何を見ても、聞いても驚きだな」

八穂は言って、白いローブの一団を見送った。



 午後、屋台用の仕込みが終わった八穂は、十矢に連れられて、ダンジョンの入口を見に行くことになった。


 話を聞いていただけで、まだ一度も、実際にダンジョンを見たことがなかったのだ。建設現場も興味があったのだが、以前、家の前に現れたエビルボアの恐怖を、まだ少し引きずっていて、とても一人で見に行く気にはなれなかった。


 自宅前の道を歩いて行く。おそらくこの道が、ダンジョン入口に向うメインの大通りになるのだろう。


 道の両側、あちこちに切り倒されて、枝を払われた丸太が積んであって、今日はそこに黒ローブの魔術師がいて、呪文らしいものを呟きながら、丸太に手をかざしていた。


「丸太を乾燥させてるんだ」

十矢が説明した。


「ああ、以前ミーニャに聞いたことがある」

八穂は、いつだったかミーニャが言っていたのを思い出した。

「乾けばすぐに建材になる。最初は仮事務所みたいなのが建つだろう」


 さらに歩いて行くと、町の広場予定地があった。タウの広場に比べると三分の一にも満たない小さな広場だったが、今は、土が固められた四角い場所で、仮の木枠に囲まれていた。


 ここが、人が行き交う一番賑やかな場所になるのだろう。まだ誰もいない広場予定地をみて、八穂は想像してみた。


 さらに進むと、ゆるやかな登り坂になっていて、黒い岩が盛り上がったような、切り立った崖があらわれた。

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