第43話リリイの就職

「あれ、ステックパンないの?」

トワの広場で屋台を開くと、常連の冒険者が声をかけて来た。


「あー ごめんなさいね。ステックパンは商業ギルドの直営店で売るようになったのよ。ギルドで買ってください」


「そうなんだ。ヤホちゃんから買いたかったのに、残念」


「代わりにこれ、ピタサンドっていいます。新発売です」

「おお、変わってるね」


「今日は焼き肉がサンドしてありますよ。中身は日替わりなんんです」

「それじゃ、それもらうか」


「食べて行きます?」

「いや、昼飯にするから持って行く、三つくれ」

「ありがとうございます」


 商業ギルドの直営店でステックパンが販売開始した日、トワ広場の八穂やほの屋台では、ピタサンドの販売をはじめた。


 イルアの森では、スープとのセットで、その場で食べて行く人が多かったが、トワ広場のお客さんは、弁当として持ち帰る人が多かった。


 汁物を売る屋台は他にもあるので、広場ではスープはなしにして、ピタサンドだけを、油紙の袋に入れて売ることにした。


「ヤホ、こんにちは」

お昼頃、隣で店を出しているリリイが来た。ここ数日は見かけなかったので、どうしたのか心配していたのだった。


「リリイ、こんにちは、どうしたの? しばらく見なかったけど」

「ええ。あのね、実は、北通りの仕立屋にお勤めするようになったの」


「それは、すごいね。おめでとう」

「ありがとう。お店のご主人が、私の刺繍に目を止めてくれて、来ないかって誘われて」


「うんうん、リリイの刺繍きれいだものね。見る人はちゃんと見てくれるのね」


「それに、お店の隅に、シュシュとか、髪飾りとかも置いてもらえることになって、お洋服の仕立てなんかも教えていただけるの」


「良かったね。それじゃ屋台はおしまい?」

「そうなるわ。ヤホと一緒できないのは、さびしいけど」


「うん、残念だけど、すごいチャンスじゃない?」

「そうかな」


「そうよ、いつかリリイのお洋服の店が開けるかも」

「そうなるといいわね」

リリイは少しはにかんだような笑みを浮かべた。

 

「ヤホ。これ」

リリイは、持っていた手提げ袋から、ピンクのリボンをかけた包みを出すと、八穂に差しだした。


「これ、以前約束したものよ」

「何か約束したっけ、開けてもいい?」

「もちろん」


 八穂が破らないよう慎重に包みを開くと、中に、カラフルなパッチワークの化粧ポーチが入っていた。


 底が丸い巾着のようポーチは、オレンジ色をメインに、黄色、赤、緑などの濃淡さまざまな色の生地が縫い合わされていた。


 そういえば、以前、すり切れたパッチワークの化粧ポーチを見せて、こんなのが作れないかと、言ったことがあったのを、八穂は、思い出した。


「うわあ、できたのね、ポーチ、素敵ね」

「キルティングだっけ、中にフワフワなものを入れて縫うのは、まだ研究中だけど、端切れをお花の模様につないで、裏地をつけて二重にしたから丈夫だと思うわ」


「いいね、この色の組み合わせもいい。元気が出る色だわ」

「よかった、気に入ってもらえて。見本にもらったポーチは、変わった留め具がついてたけど、同じようなのがなかったから、ボタンをつけてみたわ」


 確かに、ファスナーはこの世界にはなかったようだ。

ポーチの入口は後側の生地が長くなっていて前に折りたたんで、ボタンで止めるようになっていた。


「これなら、中のものが飛び出さないわね」

八穂は言って、中を開けてみた。


「マチがついてるから、たくさん入る」

「気に入ってもらえて良かったわ」


「ありがとう、リリイ。大事にする。嬉しい。」

「どういたしまして。このポーチもお店で売っていいかしら」


「もちろん、いいわよ。もともと故郷にあったもので、私のデザインじゃないし」

「ありがとう、お店には端切れがたくさんあるし、見習いお針子の練習にもなるって、ご主人が感心してたわ」


「役にたったら良かった」


それじゃ行くね。お昼休みに抜け出して来たの」


「こちらこそ、ありがとうリリイ。頑張ってね」


 手を振って戻って行くリリイを見送って、八穂も頑張ろうと気合いを入れ直した。


「歩いて行くの、リリイちゃんじゃない」

ゆで小豆を食べに来た、常連三人組の女性が、リリイの後姿を見つけて言った。


「ほんとだ、最近お店出してないから、どうしたのかしら」

「そうね、彼女の髪飾り、愛用してるのよ」

「私も。シュシュって言ったっけ、今もしてるの、これよ」


「いらっしゃいませ」

「ヤホさん、ゆであずき、三人ね」

「ありがとうございます」


「ねね、さっきの人、リリイさんでしょ?」

女性の一人が聞いて来た。


「そうです。北通りの仕立屋さんに就職したそうですよ。先ほど挨拶に気てくれました」

「そうなんだ。最近、お店出てないから、どうしたかなと思ってたわ」


「北通りの仕立屋っていうと、貴族街へ入る手前の店だわ」

「そうなんですか」

「庶民向けではあるけど、オーダーメイドもあるから少し高級な店ね」


 この世界にも既製服はあって、庶民は買った服のサイズを手直しして着ていることが多い。体型に合わせて仕立ててもらう服は、結婚式などの特別な服に限られていた。


「彼女の作ったシュシュや髪飾りも売ってるそうですよ」

「そうなの? 今度のぞいてみようかしら」

「そうね、行ってみましょう」


 三人は屋台前に出した簡易椅子に腰を下ろして、ゆで小豆を口に運んでいた。

かたわらに置いた買い物籠からは、それぞれ、野菜や果物などがのぞいていた。


 彼女たちは、ひとしきり世間話に花を咲かせると、解散して帰って行った。

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