第42話商業ギルド直営パン工房
先日提供したステックパンのレシピで、試作品が完成したという連絡をもらい、確認のため出向いたのだった。
ギルドの裏手には、大きな工房が複数並んでいて、その中のひとつに案内された。
「商業ギルドの裏にこんな建物があるとは、気づかなかったわ」
八穂が言うと、案内してきた、ギルト職員のシュルツが笑った。
「ギルド直営店で販売する食品を作っています。これから行くのはパン工房ですが、他に、食肉、野菜、調味料などを加工する工房があります」
「プライベートブランドってわけね」
「プライベート?」
「ギルド独自の商品という意味かな」
「ああ、生産者から仕入れる物も多いですけれど、独自開発しているものをここで作っています」
「なるほど」
「さ、こちらです」
八穂が案内されたパン工房は、大きな建物が複数の部屋に区切られていて、その一角だった。
部屋の一方の壁には五台の
作業台のまわりでは、三十人あまりの人が、忙しそうに働いていた。
石窯に火が入っているのに、さほど部屋が暑くないのは、魔道具か何かで冷やされているのかもしれない。
「グレダさん、ヤホさんをお連れしましたよ」
シュルツが、石窯の前にいる、白い作業服の人に声をかけると、八穂よりも頭ひとつくらい背の低い、小柄な女性が振り向いた。
「やあやあ、良く来てくれました、グレダです」
人なつこそうにニコニコした、丸顔の女性が、両手を差し出して、八穂の手を握った。
年の頃は四十歳前後といったところだろうか、テキパキとしたようすで、八穂の手を引いて作業台まで連れてきた。
作業台の前では、数人の人が、パン生地をのばして、細長く切っていた。
「こんな感じで、細く切っていいんだろ?」
グレダは確認するように、八穂を見上げた。
「そうです、そうです、さすがプロ。幅がきっちりそろっていますね」
「よかった、これを十五分ほど休ませてから焼く、と」
「はい。火加減を見て、焦げるようなら、温度を下げてください」
「了解。やっぱりそうか。最初の頃は、焦げて苦くなっちゃってな」
「ああ、そうですね。細いパンで、卵やシュガルが入るから焦げやすいんです。窯のクセもありますしね」
「よし、少し待っててくれ、今焼いてるの、温度調整してくる」
グレダは小走りに石窯の方へ戻って行って、
「薪を使った石窯なんですね」
八穂がつぶやくと、シュルツが不思議そうな顔をした。
「他に何を使うんです?」
「魔道具のコンロがあるんだから、魔石を使っているのかと思って」
「石窯を熱するほどの魔石は、相当大きくないと火力が出ないんです。鍛治工房などにはありますけれどね。そんな魔石は高価すぎて、一般にはなかなか使えないですね」
「そうなんですか。それだと温度調整は難しそうですね」
「グレダは、火力調整の達人なんです」
「職人技なんんですね」
「そう、彼女は今、後進を、数人育てているんですけど、肌感覚みたいなので、一人前になるまでは、時間がかかるようです」
「ヤホさん、おまたせ。これ、今回焼き上がったもの」
グレダが焼き上がったステックパンを入れた木箱を抱えてきた。
「きれいに焼けてますね」
「ヤホさんが言ったように、最後に温度を落として正解だった。ほら」
グレダが差しだしたステックパンは、どれも同じ太さにそろっていて、こげもなく、ちょうど良い薄茶色に焼き上がっていた。
「私が焼いていたのより、形がいいです。焼きムラもないし。さすがです」
八穂が感心して言うと、グレダは、嬉しそうにうなずいた。
「そういってもらえると嬉しいよ。これで正式に生産に入れるね」
グレダは、シュルツを見て言った。
「そうですね、来月の納品に間に合うでしょう」
シュルツは言って、ステックパンを一本取って、八穂に差しだした。
「味見してください」
八穂は受け取ったステックパンをかじる。
八穂が焼いていたのより細身に焼き上がっているので、カリカリと噛みやすい。
「おいしいです。少し
「そう、大量に作ればシュガルも格安で手に入るからね、冒険者の疲労回復にもなるかと思って」
「食べやすいですね。噛み心地も良いし。そうだ、提案」
「なんだい?」
「生地に、細かくした木の実を入れたり、果物の汁を混ぜたり、野菜のペーストを混ぜたり。色々な種類を作れば、喜ばれると思います」
「なるほど!」
グレダがポンと手を打った。
「それは思いつかなかった。いいね」
「違う味もあれば、飽きないで食べてもらえるかと」
「うんうん、試作してみるよ」
グレダは言うと、食材が置いてある棚に駆け寄って、なにやら探し始めた。
「あーあ」
シュルツが苦笑した。
「どうしました?」
「ああなったグレダは、しばらく会話にならないですよ」
「あはは、職人さんだわね」
「そういうわけで、ステックパンは、これで良いですかね?」
「はい、私が焼いていたのより質が良いと思います」
「ありがとうございます。それじゃ、来月からギルド直営店で販売します。人気が出れば、おそらく全国の直営店での販売になると思います」
「そうそう、冒険者が狩りに携帯すると、割れやすいと思うんです」
八穂は、以前考えていた、ステックパンを入れるケースについて話してみることにした。
個人では、なかなかできないことも、ギルドという組織でならできるかもしれないと思った。
「確かに、荷物として持ち運べば折れるかもしれませんね」
「それでね、別売りでも良いので、ステックパン用の携帯容器みたいなのを作れないかと思って」
「なるほどね、高ランク冒険者ならマジックバッグがあるけど、持っていない人も多いですからね」
「ええ、たとえばこんな感じの」
八穂は言って、近くに置いてあった天板の敷紙を丸めて筒状にして見せた。
「こんな風に丸い筒にして、フタをつけるとか」
「ああ、何か、固いもので作れば良いかもしれませんね。これはギルマスに提案してみます」
「お願いします」
「それにしても、ヤホさんは、色々なアイディアを持ってますね。聞いてみると、なるほどと思うけれど、なかなか思いつかないですよ」
シュルツが感心したように言うと、八穂はあわてて、手を振った。
「とんでもない、私の故郷にあった物なので、私が考えわけでは」
「それでも、これまで無かった新しいものが入って、便利になるのは大歓迎です」
「ありがとうございます」
携帯容器の件は、後ほどまたご連絡します。新な契約になると思いますので」
「わかりました、それでは、お世話になりました。グレダさんにもよろしく」
八穂は、いまだに、棚にへばりついて、何か作業をしているグレダを見て言った。
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