第41話森の屋台開店

 八穂やほの屋台は、トワ広場と、イルアの森の自宅前と、一日おきの営業になった。


先日の、自宅前での臨時屋台の営業以来、ダンジョン町建設現場でも売って欲しいというお客さんが多かったためだ。

 トワの商業ギルドに相談したところ、ギルドへも要望が届いていたらしく、一節、七日のうち、月曜は休みにして、あとは交互に営業して欲しいと頼まれた。


 男性が多い建設現場では、甘いゆで小豆よりは、もっとボリュームのあるものの方が良いかもしれないということで、サンドイッチと野菜スープのセットを考えた。


 バイツ粉をベリーの酵母でこねた生地を、平らに丸く伸ばして焼いた平焼きパン。中が空洞に焼き上がる、いわゆるピタパンだ。


ピタパンを半分に切って、中に焼き肉や唐揚げなど、日替わりの具をサンドすることにした。

スープも日替わりで具を変えれば、飽きないで食べてもらえるだろう。


 ただ、そうなると、作るメニューが増えて、八穂一人で作るのでは、とても間に合わなくなる。


 頭を抱えていた八穂に、商業ギルドのギルマス、ゼンダーから提案があった。


 携帯食として冒険者に需要のあるステックパンを、ギルド直営店へ委託しないかということだった。


 つまり、ギルドがレシピを買い取って、ギルドの店で製造販売したいということ。八穂にはレシピ買い取り料金と、売り上げの一部が手数料として支払われるということだった。


 八穂が屋台で売るよりも、全国規模のギルドに売ってもらった方が、大量に売れるはずだ。もしかすると、屋台の売り上げよりも、手数料の方が高額になる可能性だってあった。


 そうなれば、八穂が屋台でステックパンを売らなくなっても、冒険者は、ギルドの店から買うことができるようになる。


八穂は屋台のメニューからステックパンを外して、新しいメニューを取り入れることに決めた。

こうして、八穂の自宅前に、イルアの森初の屋台が誕生した。


「八穂の屋台開店です!」

八穂が声を上げると、仕事に向かう職人や冒険者たちが立ち寄ってくれた。


「ヤホちゃん、おはよ。こっちでも売ってくれるんだ」

「ベスベルさん、おはようございます。火曜、木曜、土曜の営業になります。よろしくね」


「おう、楽しみだ。あとで来るよ」

「は-い、お待ちしてます」

八穂は、手を振って仕事に向かうベスべルの背に、声をかけた。


 八穂の自宅前の道は、以前は、彼女以外、ほとんど誰も通らなかったが、あっという間に道が整えられて、職人や冒険者が行き来する通りに変わっていた。


 いつ木立の影から飛びだしてくるかと、魔獣に怯える気持ちも、少しは薄らいできた。まだ、建設途中の資材などが、あちこちに積み上がっていたが、人が住む場所だという安心感が感じられた。


 屋台の前に出してある丸椅子に座って、数人のお客さんが、ピタサンドとスープを楽しんでいた。


 片手で持てるくらいの小さいトレイに乗せることにしたので、左手でトレイを支え、右手でピタサンドを口に運んでいた。


 スープ、こぼしそうだな、テーブルがあるといいかな、と、八穂は考えて、今度の休みの日に、職人街へ行ってみようかと思った。


「ここが、ヤホ嬢の屋台か」

八穂が空になったスープ鍋の交換をしていると、声がかかった。


「あ、おはようございます。トワ男爵さま?」

「ああ、久しいな」


 トワの市長であり、周辺地域トワールの領主でもある、ネルル・トワ男爵だった。

以前、薬草摘みをしていた子供たちが魔獣に遭遇した事件を報告した時に、冒険者ギルドで、二度ほど顔を合わせたことがあった。

 

「ご無沙汰しています、今日は視察ですか?」

「そうだ、近々国の魔術師たちが派遣されてくるのでな。どのあたりに防護壁を作るか決めないとならない」


「それは、安全になるのは、ありがたいです」

八穂がほっとしたように言った。


「確かに、この場所で女性がひとりというのは、危険だな」

男爵は、あたりを見回して、ため息をついた」


「いまは、冒険者が四人、下宿してくれているんです」

「ほう?」


「家の前に、エビルボアが出た時は、震え上がりましたけど、彼らが倒してくれました」

「なるほど、それなら少しは安心か、これからは、人が暮らせる町にして行くから、期待してくれ」

「ありがとうございます。楽しみです」

「ではな」


 トワ男爵は、後に控えている秘書のエルマン氏に、何か目配せすると、数人の護衛を引きつれて、歩いて行った。


 残ったエルマン氏は、銀縁のメガネを、そっと指先で持ち上げながら、屋台に歩み寄って来た。


「ヤホ嬢、このピタサンド、三十個ほど買えるだろうか?」

「はい、パンはあるので、少しお時間をいただきますが、作れます」


「よかった、屋敷の使用人への差し入れにしたいので頼みます。帰りに寄るので」

「わかりました。ありがとうございます」


「それから、ビンガ豆の甘いスープ、三十人分はどうかな」

「そしたら、鍋ごと持って行きますか? 運ぶのが難しいかしら」


「いや、マジックバッグがあるので、大丈夫」

「それなら、鍋ごとお持ち下さい、あとで鍋を返していただければ」


「わかりました、後で使用人に返させるので、お願いします」

「用意しておきますね」


「三時間ほどで戻る予定です」

「ありがとうございます」


 エルマン氏が行ってしまうと、ヤホはピタサンドの準備をはじめた。


 作り置きのピタパンを十五枚と、ドードー鳥の唐揚げを神様ポーチから出して、急いでキッチンから持って来たレタスをちぎった。


 半分にカットしたピタパンの空洞に、レタスと唐揚げを入れ、ピリ辛のトマトソースをかけた。それを油紙で作った袋に入れれば一人分完成だ。


 何度も試作して、手順も練習してきたので、買いに来るお客さんの相手をしながらでも、手早く三十個を作り終えることができた。

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