第40話可愛い悪役令嬢

十矢とうや行ってくるね。お昼ご飯、キッチンにサンドイッチが置いてある」

八穂やほが声をかけると、茶の間で、八穂の本棚の本を読んでいた十矢が顔を上げた。


 いつもなら、十矢は、冒険者ギルドへ行くついでに、トワの広場まで八穂を護衛してくれるのだが、大けがをした後ということで、念のため数日の安静を言い渡されていた。


「ホントに送っていかなくていいのか?」

「うん、リクとイツがついて来てくれるから、魔獣が出て来たら、狩ってもらえるし。十矢はギルマスに言われた通りおとなしくしてて」


「わかった、気をつけてな」

「うん。あ、そうそう、戸棚にカップ麺入ってるよ」


「え? あるのか?」

「うん、二個しかないから、みんなには出せなかったけど、十矢一人だから、食べて良いよ」


「それは嬉しい。ラーメンが食べられるなんて。思ってもみなかった」

「ふふ、じゃね」

「ありがと」


 八穂の自宅前から伸びている獣道のような細い道は、今では工事用の荷馬車がすれ違えるほどの大きな道に広がっていた。


 両側に茂っていた丈の高い草は刈られて、短い下草だけが残っていた。

カエデに似た木立も伐採され、見通しが良くなったため、魔獣が飛び出して来るかもしれないという、以前のような恐怖は感じられなくなっていた。


 リクは長い尻尾を振りながら、ご機嫌なようすで八穂の前を歩いていた。イツは小鳥の大きさに縮まって、リクの背中に乗っていた。


 つい微笑みたくなるような、この二匹が、イザとなれば、獰猛な魔獣を狩るなんて信じられないくらいだった。


 道を行き交う人も増えて、冒険者に護衛された数人の職人集団や、トワ男爵の私兵らしい制服の男たちともすれ違った。


 八穂は、彼らと軽い挨拶を交わしながら、トワの広場に着くと、いつもの位置に屋台を出し。開店の準備をした。


 リクは屋台前に出してある小さなテーブル、お立ち台の上だ。そして、イツはリクの頭の上に止まって、羽繕はづくろいいをしていた。


 近くを通る人が目を止めて、不思議そうに二匹を眺めていたり、近づいて来て声をかけてきたりしていた。


「リクとイツは、招き猫と招き鳥だね」

八穂は、買いに来るお客さんに対応しながら、笑った。


「あなた、花見会に、トーヤさんと来てた人よね」

突然声がかかったのは、お昼近くなって、来客が一時途絶えた時だった。


 目の前には、十二、三歳ほどだろうか、たっぷりフリルのついた、若草色のドレス姿の少女が立っていた。長い栗色の髪を、ハーフアップにして、ドレスと同じ色の大きなリボンをつけていた。


 八穂が、何ごとかと驚いていると、少女はきつい口調で言った。

「あなた、トーヤさんの何?」


「え? 十矢がどうしました?」

「だから、トーヤさんと、あなたの関係よ」


「ええと……下宿人と大家?」

八穂が少女を見ると、可愛らしい顔の眉に皺を寄せて、八穂をにらんでいた。


おそらく本人は威圧しているつもりなのだろう。両手を腰に当てて、胸を張っていたが、年上の八穂から見ると、懸命に背伸びしているのが、少し微笑ましく感じられた。


「ああ、花見の会で、十矢に声をかけていたお嬢さんね」

「そうよ」


「牧場主のデニエさんの娘さんとか」

「ええ、ルシンダよ」


「ルシンダさん、今回の魔獣の暴走は災難でしたね。恐かったでしょう」

八穂が心配そうに言うと、少女の顔が曇った。


「恐かったわ。家の中にいなさいって言われて、よく見てないけど」

「そうでしょうね。お話を聞くだけでも震えるもの」


「トーヤさんが、けがしたって聞いて。心配してるのよ」


ルシンダは、屋台のカウンターに両手ををついて、八穂の方へ身を乗り出すと、叫ぶように言ってきた。


「トーヤさんはどうしてるの? 生きてるのでしょうね」


「もちろん、治療士に回復魔術をかけてもらったから、元気よ。数日安静にするよう言われてるから、今日は休んでるわ」


「よかった、安心したわ」

「心配してくれたのね、ありがとう」

八穂が言うと、ルシンダは嫌そうに口元をゆがめた。


「なんで、あなたがお礼を言うのよ」

「ああ、そういえばそうね。十矢が復帰したら言ってあげて」


「むう……」

つっかかりたいのを、八穂がかわしてしまうので、ルシンダは言葉をなくして黙り込んだ。


 兄弟姉妹がいなかった八穂としては、ルシンダのようすが可愛らしくて、微笑ましいと思っていたのだが、ルシンダにしてみれば、挑発に乗ってこない相手はじめてだったのだろう。


「ルシ、こんなところにいたのか、迷子になったかと思ったぞ」

背後から声がして、デニエさんが走って来た。


花見会の時のような、裾の広がったガウチョパンツではなく、つめ衿のような麻のシャツに、皮のベストとズボンという、一般的なスタイルだった。


「デニエさん、こんにちは、このたびは、大変でしたね」

八穂が挨拶すると、デニエは、ここが八穂の屋台だということに気がついて、近づいて来た。


「確か、花見の時にトーヤさんと来ていた?」

「はい、八穂です。あの時は、お世話になりました」


「こちらこそ、魔獣暴走ではトーヤさんたちに助けられましたよ。花見会の時の、キラードッグのことがなかったら、警戒もしていなかったでしょうし、もっと被害が大きかったかもしれません」


「ご無事でなによりでした」

「ありがとうございます。冒険者のみなさんのおかげで、家族や従業員は無事でした。まあ、家畜の被害は大きかったですけれど」


「そうなんですね」

「今、冒険者ギルドに、野生のドードー鳥と赤牛レッドカウの捕獲依頼を出してきたところです。また少しづつ増やして行きますよ」


「あの広々として、気持ちの良い牧場が、元に戻るのを祈ってます」

「ありがとう、来年の花見会も期待しててください」


 デニエは力強く言うと、娘のルシンダを連れて帰っていった。

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