第38話魔獣暴走4

「負傷者、七名入ります。通路を開けてください」


 ワイバーンの討伐完了の報で、立ち上がっていた避難民を、入って来た冒険者が端へ寄せた。


運ばれて来る重症のけが人は、スリープの魔術で眠らされているのか、気を失っているのかはわからないが、目を閉じて意識がなかった。


 みんな土だらけ、泥だらけに汚れて、破れた衣服から見え隠れしている肌には、血がこびりついている者も多かった。


 そしてまた、彼らを運んでいる冒険者の姿も、似たようなもので、疲れ切っているのが見て取れた。


 八穂やほも、横にいるリリイやトールも、言葉もなく、ただ見ているしかなかった。


 冒険者たちは、何度も往復して、ギルドの食堂に作った臨時治療所にけが人を運んでいたが、最後に運ばれてきた人を見て、八穂は声をあげた。


十矢とうや!」


 十矢だった。全身血をかぶったように、服が真っ赤に染まっていた。


 八穂は、自分の体が震え出すのにも気づかないようすで、十矢に近づこうとして、横から止められた。


「ジェストさん? 十矢は、どうなったんですか、血が」

「返り血だ」


 ジェストもまた、十矢ほどでは無かったが、顔や服が血まみれだった。


「血が、あんなに、だから……」

八穂は声をつまらせた。


「ワイバーンにとどめを刺した時に、浴びた血だ。トーヤの血じゃない。翼にあおられて、吹き飛ばされたんだ。命に別状はない」


「そう、なんですね」

「草の上に落ちたから、骨折程度ですんだんだよ」

ジェストは、八穂に言い聞かせるように、穏やかな口調で言った。


 心配そうに見ていたリリイは、何も言わずに八穂の手を取って、励ますように握ってくれた。

「ありがとう、リリイ」


八穂が顔を上げると、リリイは微笑んでうなずいた。


「大丈夫だ。治療が終わったら会えるさ」

ジェストは、八穂の腕を軽く叩くと、報告するためだろう、奥にいるギルマスの方へ歩いて行った。


 八穂がショックを受けて動けないでいたため、リリイが屋台の世話を代わってくれていた。

討伐を終えて戻って来た冒険者たちが、腹ごしらえに立ち寄るようになっていたのだった。


「ヤホ、揚げ芋無くなったんだけど」

リリイが声をかけてきたので、八穂はようやく我に返った。


「あ、ごめんね。今出すね」

あわてて揚げ芋をトレイに並べ、ついでに、残り少なくなっていたゆで小豆の鍋も交換した。


「ヤホ」

ドアから入って来たミーニャが、かけ寄ってきた。


「ミーニャ、無事だった。けがしてない?」

「私は大丈夫よ」

八穂が、確認するように、ミーニャの体を眺め回していると、ミーニャは笑った。


「オレたちは、エビルボアの方だったから、何とかな」

歩いて来たトルティンが言って、揚げ芋を一袋、リリイから受け取った。


 トルティンの体は少し埃っぽかったが、血の跡などはついていなかった。

「けがしてないみたいで良かった」

「ありがとう」


「オレらにも、あんなの初めての経験だよ」

後から追いついてきたラングは。煮込みの器を持って、飲み込むかのように、口の中に流し込んでいた。


「ワイバーン、はじめて見たぜ」

「大きかった?」


「ああ、さすがにな。オレの弓では歯が立たなかった」

ラングは言って、頭を振った。


「そうだな、Cランクだなんて安心していられない。上を目指さないと」

トルティンは言って、八穂を見た。

「トーヤさんは? 戻って来た?」


「うん、治療室にいる」

「そうか、心配だな」


「トーヤさんが、けがしたところは見てないんだが、大鷲に乗って、戦ってるところは見たよ」

ラングが目を輝かせた。


「あれがAランクなんだなぁ、オレらなんか、足もとにも及ばない」

ズズズと煮込みの汁を流し込んで、ラングは器を空にした。


「ジェストさんの話では、骨折らしい」

八穂が言うと、眉をひそめていたトルティンが、幾分ほっとしたように息を吐いた。

「骨折なら、リカバリで治るな」


「そうね、数日は安静が必要だけど、歩いて帰れるわよ」

「ええ、そんなに早く?」

ミーニャが言うのに、八穂が驚いた。


八穂の常識では、骨折などしたら、完治するまでに二ヶ月も三ヶ月もかかる。ましてや、すぐに歩いて帰れるなんて、とても考えられなかった。


 それでも、ミーニャの言う通り、それから三時間ほどたった頃、ギルマスが、八穂を臨時治療室に呼んだ。


 その頃には、動ける冒険者はみな、『ソールの剣』の三人も含めて、後始末のために外へ出ていた。


安全宣言も出たため、避難していた人たちも帰って行き、冒険者ギルドのフロアには、ほとんど人がいなくなっていた。


「十矢!」

八穂が治療室に入っていくと、十矢は、部屋に並べられている二枚重ねのマットの上に腰掛けていた。


「八穂、お疲れ」

十矢は、何でも無いような顔をして笑った。血まみれの服は着替えたのか、サッパリした汚れのない服を着ていた。


「お疲れじゃないわよ、大けがしたって言うのに。大丈夫なの?」

「ああ、折れた骨はつながってる。治療士によると、左肩と肘。利き手じゃなくて良かったよ。それと肋骨にヒビがちょっと」


「そうなんだ。痛みは?」

八穂は心配そうに眉をひそめた。


「だいじょうぶ、動かしても問題ない」


「おいおい、数日はまだ安静だって言われただろ」

十矢が左腕を上げようとするのを、近くにいたジェストが止めた。


「ホントに痛くないんだ。辺境にいた頃なんて、こんなの日常茶飯事だったよ」

「まあな、オレも人のことは言えないが」

ジェストは言って、八穂を振り向いた。


「そういうわけだから、連れて帰ってくれ」

「わかりました。ジェストさん、ありがとうございます」


「数日は仕事を休むように」

「そんなの、明日から仕事できますよ」

ジェストの言葉に、十矢がごねた。


「ギルマスからの命令だ。来てもトーヤの仕事はないぞ」

「なんですか、それ」


「十矢行こう、イツとリクも心配してるよ」

八穂が十矢の袖を引っ張ると、ようやくあきらめたのか、十矢はジェストに礼を言って、冒険者ギルドを出た。

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