第37話魔獣暴走3

 果実水を飲みながら、ミュレが近づいて来た。

「ヤホ、ありがとうね」

「なに?」

何のことかわからず、八穂やほは聞き返した。


「避難して来た人たちのことまで、気が回らなくて、助かったわ」

「そんなこと、ミュレたちは、精一杯対応してたんだもの」


「魔獣暴走の可能性は、いつだってあるんだけど、トワでは、私の知る限り無かったから、イザとなると冷静ではいられないわね」

「そうなのね、やっぱりダンジョンができたせいかな」


「そうでしょうね。ギルマスが、国へ魔術師の派遣を急ぐよう要請したから、近くダンジョンを囲む防護壁を建ててもらえると思う。そうすれば、魔獣が外へ出る可能性は減ると思う」

「そうなんだ。それは期待したいね」


 二人は、運ばれて行くけが人を、心配そうに目で追った。

板の上に横たわり、四人の男達に運ばれている冒険者の男性の服は。ボロボロに裂けていて、おそらく折れているのだろう腕が、痛々しくさらされていた。


「痛みがあるのでしょうに……」

八穂が言うと、ミュレが眉をひそめた。


「苦痛を感じないように、スリープの魔術で眠らせてあるのね」

「なるほどね」


「幸い、スリープのできる魔術師がいたみたいね。それじゃないと、馬車の揺れに耐えるしかないから、途中で気絶するでしょうけれど」

「それは、キツい」

八穂は、ふうとため息をついた。


 ミュレの説明によると、皮膚表面の傷などは、普通の魔術師でもできるヒール、またはポーションで治すことができるという。

 ただ、骨折や内臓など体内が傷ついた場合は、上級魔術師のリカバリか、上級ポーションが必要だった。

幸い、トワの治療士はリカバリが使えるので、運ばれて来たけが人も、回復するそうだ。


「報告! エビルボア六頭の討伐完了しました」


「報告! ワイバーン一頭は討伐完了。もう一頭は地上に落として戦闘中。残り一頭はまだ飛びまわっていて、赤牛レッドカウに襲いかかっています」


 駆け込んできた伝令が叫んだ。


魔獣のほとんどは討伐できたようだったが、ワイバーンには苦戦しているようだった。


「ワイバーンって大きいのかしら」

八穂がつぶやいた。


「私も実物は見たことないけど、体長五メートルほどの、翼のあるトカゲらしいわ」

「うわあ」


「辺境の北部地方の山に棲んでいる。あとは、ダンジョンの下層階かしらね」


「ということは、ダンジョンに、五メートルもの魔獣が飛べる広い空間ができたということよね」

「そうね、どれほど深い階層まであるのか、調べてみないとわからないけど。地形が安定したら内部調査もはじまるわね」

「ダンジョンができるって、大変なことなのね」


 八穂は次々に突きつけられる現実に驚いていた。もとの世界なら、小説かおとぎ話のようなことが、実際に起こって、人が戦い、傷ついているのだ。


「報告! ワイバーン三頭の討伐完了! 暴走していた魔獣は殲滅しました」


 飛び込んできた伝令の言葉に、フロアにいた人たちから歓声が上がった。ほうっと解放されたような空気が広がったが、それをギルマスが押さえた。


「まだ外へ出るなよ。安全が確認できてからだ」


 魔獣が倒されてもまだ、終わりではないのだった。

周囲にまだ隠れているかもしれないし、倒した魔獣の死体もそのままにしておくわけにはいかない。


 ダンジョン内ならば、魔素にかえって消えてしまうのだが、外に出て死んだ魔獣は死骸が残る。そのままにしておけば、他の魔獣や獣に食い荒らされる可能性があるし、腐敗してしまえば、伝染病の原因になることもある。


 ひと休みした冒険者達は、それらの処理に奔走しなければならないという。

もちろん、報酬は通常より高額になるし、特別手当も出るので、特に、まだ低ランクで稼ぎの少ない冒険者にとっては、稼ぎ時でもあるのだった。


「ヤホ嬢、揚げ芋くれ」


 ギルマスが声をかけて来た。

とりあえず殲滅の報が入って、安心したのだろう。いくぶん穏やかな表情になっていた


「どうぞ、お疲れ様です」

八穂が揚げ芋を手渡すと、一つ口に入れて、果実水で流し込んだ。


「まあ、今回は小規模な暴走で、助かったというところだな」

ギルマスの言葉に、八穂は驚いた。


「ダグラスさん、これで小規模なんですか」

「まあな、本格的なスタンピードとなったら、こんなもんじゃない」


「おそろしいですね」

「現役の時、辺境で経験したけどな。あたり一面に魔獣が押し寄せて暴走するんだ。ものすごいスピードで、何もかも踏みつぶして進むし、小さな村や町なら跡形もなくなる」


「なんと言ったらいいのか……」

八穂が想像して息をのんでいると、ダグラスがなだめるように、ポンポンと肩を叩いた。


「そうならないために、定期的に魔獣を狩るし。もうすぐダンジョン周辺の防御壁もできる」

「はい」


「そろそろ冒険者達がもどって来るだろう。ヤツらにも、食べ物を提供してやってくれ」

ギルマスは八穂と、隣にいたトールに頼むと、また仕事にもどって行った。

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