第35話魔獣暴走1
朝食の後、ダンジョン周辺の警備に向かう『ソールの剣』の三人と別れて、
「今朝もあった」
八穂が玄関先に、きれいに一列に並べられている、十匹あまりの角ウサギをみつけて声を上げた。
夜の間にリクとイツが狩ってきた魔獣が並べてあるのだった。
以前から、たまにはあったのだが、最近は毎朝なので、それだけ森に魔獣が増えているということなのだろう。
「こいつらには遊びなんだろう」
十矢は苦笑しながら、角ウサギを神様ポーチに収納した。
「また、ミュレに頼んでおくよ」
「リクとイツに感謝しなくちゃね」
言いながら、八穂は、足もとにいるリクの頭をなでた。
角ウサギの毛皮と角は、常時納品依頼があるので、十矢に、八穂の依頼分として、冒険者ギルドに納品してもらっているのだ。
冒険者資格を維持するために、最低、年に三回以上の依頼をうけないとならないのだが、現在八穂はほとんど、冒険者としての活動はしていなかった。
商業ギルドのギルドカードもあるので、資格を流してしまおうと思っていたのだが、魔獣の代理納品をギルマスに認めてもらったため、なんとか名前だけの所属を維持していた。
この日も、十矢にトワの広場まで送ってもらった八穂は、冒険者ギルドに向かう十矢を見送り、隣で品出ししているリリイに挨拶して、屋台の開店準備をしていた。
広場には、仕事前の腹ごしらえをする人や、これから職場へ向かう人たちが行き交っていて、人通りは多かった。
いつもと変わらない朝の光景ではあったが、屋台前のお立ち台に座っているリクだけは、いつもより落ち着かないようすで、空を見上げていた。
「どうしたの、リク」
八穂が声をかけるが、リクは返事することなく、じっと上を向いたままだった。
カンカンカン! カンカンカン!
突然、けたたましく、鐘が鳴りだした。いつもは、のんびりと三時間ごとに時刻を知らせている鐘なので、広場にいた人はみな、何ごとかと立ち止まり、あたりを見回していた。
すぐにバタバタと、大きな足音がして、大勢の警備隊員が駆けてきた。彼らは数人ずつに分かれて、街のあちこちへと散って行った。
八穂があっけにとられていると、広場にも警備隊員が駆け込んできて、声を張り上げた。
「キラードッグ、エビルボアなど、魔獣の集団が、郊外の牧場に向かって暴走しています。ドラゴン亜種のワイバーンもいる模様。危険ですので、安全が確保されるまで、街の外へ出ないように」
「魔獣は空から来る可能性もあります。外にいる人は、ただちに室内に避難してください。冒険者ギルド、商業ギルドを臨時避難所に解放します!」
どよっと、あたりがざわめいた。
これまで、トワ周辺は強い魔獣が出ることのない、平穏な地域だった。
街の外に出れば、弱い魔獣を見ることはあったが、キラードッグやエビルボアなどは、見たことがない者も多い。ましてや亜種とはいえ、ワイバーンはドラゴンだ。
「ヤホ」
リリイが不安そうに、声をかけてきた。
「リリイ、落ち着いて。商品をしまって、避難しよう」
八穂が元気づけるように言うと、リリイは、あわてて商品をかたづけはじめた。
八穂も急いで屋台を神様ポーチに入れていると、十矢が走って来た。
「八穂、冒険者ギルドへ避難だ、早く」
「わかった、十矢は?」
「緊急招集がかかった。街の外へ出てから、イツに乗って行く」
「気をつけてね」
「おう」
“リクも行く”
リクはお立ち台から飛び降りると、八穂の返事もまたずに、十矢を追いかけて行ってしまった。
あわただしく走り去る十矢たちを見送って、八穂はリリイと連れだって、冒険者ギルドの建物に避難した。
冒険者ギルド内は、騒然としていた。
広いフロアのあちこちに、不安そうな顔をした人たちが立っていた。
外からは、ひっきりなしに避難して来る人が入って来て、同時に、招集に応じた冒険者が、次々に外へ飛び出して行った。
「討伐に向かうのはDランク以上だ。Eランクは街の警備。外にいる市民を誘導して避難させろ。Fランクは避難民の世話をしてくれ」
ギルドマスターのダグラスが叫んでいた。
「ミュレ、何か手伝うことがあったら言って」
カウンターの内側で、忙しく書類を書いているミュレの、邪魔になるかとも思ったが、何かできることがあればと、思わず声をかけてしまった。
「ヤホ、ありがとう。今、床に敷くマットを運んでくるから、避難してきた人に座ってもらって」
「わかった」
男たちが、運んで来た薄いマットを床に敷き詰めくれたので、八穂は避難して来た人たちを
避難民たちは、恐怖と不安で震えている人もいれば、高揚感で、盛んにしゃべり続けている人もいて、異様な雰囲気だった。小さな子供も数人、母親にしがみついていた。
「報告! ワイバーンの数は三頭。
「報告! キラ-ドッグは五~六十匹程度の集団が七つ。暴走しながら合併する可能性あり、Dランク、冒険者が各所で攻撃中」
「報告! エビルボア六頭、ドードー鳥の飼育檻を破壊。Cランク、Bランク冒険者が攻撃中」
入れ替わりに報告が入り、それを聞くフロア内の人々も、次第に無口になって行った。
「すみません、男性の方、手伝ってくれませんか」
奥から走って来た職員が、避難民に声をかけた。
「いいぞ、何をすればいい」
所在なげに座っていた人たちのなかから、二十人近くの男が立ち上がった。
「食堂のテーブルを、脇に寄せてください。怪我人を運び込みます」
「わかった」
「よし、行こう」
男達がフロア横の食堂へ消えて行くと、やがて、怪我人を寝かせるためだろう、厚みのあるマットが、複数運び込まれて行った。
「ギルマス! 怪我人を運びたいので、ギルドの馬車を出してください」
伝令役の冒険者が駆け込んできて叫んだ。
「わかった、手配する。怪我人は多いのか?」
「今のところ運ぶのは数人くらいです。あとは回復魔術が使える冒険者がいたので、回復してもらってます」
「了解。ミュレ、街の治療士と薬師を呼んでくれ、すぐ来られる人から来てもらってくれ」
「わかりました、職員を行かせます」
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