第34話臨時屋台

 珍しく雨の日が続いていた。

少しくらいの雨なら店を開くのだが、足もとに水たまりができるほどの雨なので、八穂やほは三日ほど屋台を休んでいた。


 屋台は休みでも、商品の仕込みや、料理下ごしらえなど、家の中でも、仕事はたくさんある。八穂は、細々した仕事をかたづけながら過ごしていた。


 冒険者には天気は関係ないらしく、十矢とうやも『ソールの剣』の三人も、イルアの森の警備にかり出されていた。


 新しい町の開拓も進んでいた。

ダンジョンのまわりを囲むように、背の高い木の柵ができていて、崖にあいた大きな穴から魔獣が出てくるのを防いでいた。


 たまに現れる魔獣は、出てくるそばから警備兵や冒険者たちに狩られているので、八穂の自宅近くまで来ることはなかった。


 ただ、森に増えてきた弱い魔獣は、歩いていると、しばしば目の前を横切ったりする。

そういう魔獣は、大抵はリクが倒してくれるので、八穂の恐怖は、一時よりは薄らいできていた。


 馴れとは恐ろしいもので、八穂は、目の前で、リクが角ウサギをほふっても、最初の頃のようにショックを受けなくなった。


 ただし、魔獣を解体することは、魚をさばくのとは違って、まだできない。この世界で生きて行くには必要なものだとはわかってはいるのだが。理解するのと、実際に行動するのは、また別の話なのだった。


 森の木の伐採も進み、切られた木は建材として使うため、枝を落とされ、丸太として積まれていた。


「こう毎日雨続きじゃ、丸太は、なかなか乾燥しないね」


 朝食の時、八穂が心配してつぶやいたら、魔術師のミーニャがおかしそうに笑いながら説明してくれた。


 木の乾燥などは、専門の魔術師が魔術でやるのだそうだ。

ダンジョンの整備は国家事業なので、国の魔術師たちが派遣され、建設工事に関わってくれるのだとか。そのため、仮ではあるが、半年もあれば、一通り町の体裁が整えられてしまうのだという。


 八穂は、町ができるまでに、何年も工事が続くのかと覚悟していたので、魔術パワー恐るべしと思った。


「もちろん、ちゃんとした町になるまでは、何年もかかるわ」

と、ミーニャ。


 八穂が、朝の会話を思いだしながら、揚げ芋を揚げていると、裏口から、ラングが顔を出した。


「ヤホちゃん、ヤホちゃん」

「ラングさん、どうしたの? 仕事終わったの」


「あのさ、お休みのとこ悪いんだけど。揚げ芋とステックパン、欲しいヤツが来てるんだけど、分けてもらえないかな」


「いいよ、作り置きがあるから」

八穂が言うと、ラングはホッとしたような顔をした。


「助かった。雨の中の見回りだったからさ、今、雨は上がってるけど、みんな冷えちゃってさ、腹ぺこで」


「何人分?」

「オレらと、トーヤさんもいれて、十二人かな」


「了解。用意するね。玄関の靴箱の横に丸椅子があるから出してくれるかな」

「丸椅子って?」


「簡易椅子みたいなやつ、十矢とうやに言えばわかると思う。出して使って」

「わかった」


 八穂が窓からのぞくと、雨よけのコートを着た冒険者達が大勢立っていた。

ガタイのいい冒険者でも、さすがに寒そうに体を縮めていた。


タンスから、あるだけのタオルを出してきて、ミーニャに配るように頼んだ。


 これだけの人数がいると、家に上がってくださいというわけにもいかない。雨が止んでいて幸いだった。


 八穂は、神様ポーチから屋台を出して、揚げ芋とステックパンを並べ、魔道具コンロに、作り置きの野菜スープの鍋を置いて保温した。


「温かい野菜スープはサービスです。好きなだけ、お代わりもどうそ」

 

 おお! と歓声が上がって、思い思いに休んでいた人たちが、集まってきた。


 ゆで小豆用の木の椀は小さめだったけれど、雨で冷えた体を温める効果はあったようだ。両手でお椀を抱えて、フーフー冷ましながら、嬉しそうに味わっていた。


 揚げ芋とステックパンは、値段はどれも小銀貨一枚なので、それぞれでとって、屋台のカウンターに置いていってくれた。


 体が資本の冒険者に取って、揚げ芋やステックパン程度の軽食では、腹の足しにもならなかったかもしれないが、温かいスープを飲んで、食べ物をたべたことで、温まってきたのだろう。


 来た時に比べると、だいぶ元気が出たようすで帰っていった。そして、帰り際に、みんな口々に、森でも屋台を開いて欲しいという要望を言っていた。


 確かに、トワの街まで、およそ三十分と近い距離ではあるのだが、簡単なものでも、食べ物が近くで買えれば便利なのだろう。


 でも、トワの広場と森と、両方で屋台を出すのは難しかった。従業員が雇えれば良いのだが、赤字ではないものの、まだ、それほどの儲けは出ていなかったのだ。


「何かあったか?」

 夕食後、好物のリンゴの赤ワイン煮を前にして、ぼーっと考えている八穂を、不審に思った十矢が話しかけてきた。


「うん、夕方来たお客さんたちに、森でも屋台やって欲しいって言われて、考えていたの」

「確かに、店があれば便利だけどな」


「でも、一人で両方は無理だから、どうするかなって」


「今日は突然で悪かったけど、みんな喜んでたよ」

甘いリンゴを、幸せそうに飲み込んだラングが、言った。


「トワ広場の方が休みの日だけでも、できるとありがたいな」

と、コーヒーを飲んでいるトルティン。


 彼は、八穂の家で初めて飲んだコーヒーが気に入って、コーヒーメーカーの使い方を覚え、自分でいれて飲むようになっていた。


 十矢は緑茶派だ。渋いお茶が好みのようで、いつも「濃いめで」というリクエストをしてくる。


 ミーニャはシュガルを入れたホットミルク、ラングは百パーセント蜜柑ジュース。それぞれ好みの飲み物を手に、くつろいでいた。


「定休日、月曜の午後でいいかな。午前中は仕込みをしたいし」

「いいんじゃない、時間を決めておけば、その時間に来てくれるだろ」


「そうね、今度商業ギルドに相談してみたら」

ミーニャは言って、八穂の頭を撫でた。


「そうだね、明日相談してみる」

八穂は言って、ようやく柔らかく煮えたリンゴを一切れ、口に入れた。

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