第31話花見会
「
夕方、屋台の閉店に合わせて、八穂を迎えに来てくれた
「なに? 突然」
「明後日の日曜にやるらしい。牧場主のデニエさんから誘われたんだ。お得意さんや近隣の人を集めて、花見会だそうだ。いつだったか。
「へえ、楽しそう。でも、私、日曜休みじゃないし」
「そんなの、決まってるだろう。臨機休業だよ。客には、明日伝えておけばいい」
「そうだね……」
「それじゃ、デニエさんに返事してくるから、まだ冒険者ギルドにいるだろうから。少し待ってて」
八穂が戸惑っていると、十矢は勝手に決めて走って行ってしまった。
この世界に来てから、ずっと生活のことや、仕事のことで精一杯だったから、たまには休むのもいいか、八穂は思い直すと、牧場での花見とやらがどんなものなのか、楽しみになった。
花見会当日は、朝から出発した。
『ソールの剣』の三人も招待されているらしかったが、簡単な依頼をひとつこなしてからということなので、現地で落ち合うことにした。
デニエさんの牧場は、トワ郊外の丘陵地域にあるとのことで、歩いて行けば半日はかかる距離だという。
普通はこの世界の移動手段であるウマか、ウマがひく馬車に乗って行くのだが、トワの街を出て、人のいない場所まで歩いた後で、八穂は、巨大化したリクの背に乗って、十矢はイツの背に乗って飛んで行くことになった。
「リクが飛べるとは、知らなかった……」
十矢に、リクの背に乗れと言われて、当然のように、怖じけずいた八穂だった。
確かに、リクが巨大化すると、その背は広く、フワフワの長い毛が茂っているので、毛皮の間に埋まっていれば、落ちることはないだろうと思えた。
「飛んでいけば数分で着くよ」
何でも無いことのように言う十矢は、馴れているのだろう。身軽にリクの背に飛び乗ると、首の辺りにつかまり、リクに寄り添うように、体を傾けた。
“だいじょうぶ、落とさない”
リクの意志が伝わってきた。
「わかった、お願い」
八穂は、心を決めて、乗りやすいように伏せている、リクの体によじ登った。
“リクもイツも、神の乗り物と言われる神獣だから”
リクは得意そうに言うと、助走もなく、まったく揺れることもなく、浮き上がった。
予想していた通り、リクの長い毛が八穂を包んでいるので、手で掴んでいなくても、安定して、座っていられた。
「すごい、リク」
思わず八穂が声を上げると、リクは満更でもなかったのだろう。嬉しそうに長い尻尾をバサバサ振ったので、ちょっと体が揺れた。
「リク- 揺れる、揺れるよ」
牧場までは、あっという間だった。驚かせるといけないということで、人が集まっている場所より、かなり手前に降りて歩いた。
リクもイツも小さくなって、イツは十矢の肩に止まり、リクは八穂の後に続いた。
「まさか、桜?」
八穂が、広大な牧草地の真ん中に見える木立を見て、足を止めた。
あたりがピンク色にけぶるように染まっているのは、桜の花に似ていた。
「八重咲きだけどな。こっちでは、チェリの木って言うらしい」
「チェリ。チェリー、さくらんぼ?」
「うん、花の後に葉が出て、赤い実がなるよ。酒にするらしい」
「おお、お酒、リキュールかな。キルシュだったら、お菓子作りに使えるんだけどな」
「なんの酒かは知らない。今度聞いてみるよ」
「うん、よろしく」
チェリの木が囲むようにして、大きな広場があって、あちこちにテントが並び、テーブルやベンチも置かれていた。
テントの前では肉を焼いているのだろう、香ばしい香りが漂ってきていて、食べ物を乗せた皿を持った人たちが、大勢歩きまわっていた。
「オレたちも、ご馳走になるか」
「そうだね」
二人が肉を焼くテントの方へ向かおうとしたところに、横から声がかかった。
「トーヤさん、ようこそ」
「お、デニエさん、ご招待ありがとう。賑やかですね」
「おかげさまで、喜んでもらえてるようで、年々人が増えてきていますよ」
「それは、なにより。こちら、友人の八穂です。八穂、牧場主のデニエさん」
十矢が紹介してくれたデニエは、十矢よりも少し背が低かったが、ガッシリとして、働く男という感じの体格だった。
年頃は四十歳手前というところだろうか、ガウチョパンツのような幅の広いズボンに、革のベスト。頭には広いつばで、頭の部分が
「はじめまして、ご招待ありがとうございます」
「ようこそ、ヤホさん、楽しんでください」
デニエは、十矢と八穂を、交互に見てから言った。
「お二人は、雰囲気が似ていますね」
「そうかな、出身が一緒だからかな。目の色、髪の色が同じだし」
十矢が笑うと、デニエは、なるほどとうなずいた。
「確かに、このあたりでは、珍しい色だ」
「そうですかね。オレらのいたところも、国によって色々でしたけれどね」
「おっと、呼ばれてしまった。お二人とも楽しんでください」
デニエは、手を上げて挨拶すると、彼を呼んだ使用人らしい人の方へ、足早に歩いて行った。
「さて、行くか」
二人はテントの方へ歩き出したけれど、リクはついてくるようすはなかった。少し考えたようなしぐさを見せたが、勝手に方向を変えて、牧草地の方へ駆けて行ってしまった。イツもそれを追って飛んで行った。
「リク、いつもの気まぐれみたい」
八穂が笑った。
「まあ、危険は無いだろ。広い場所で走れるなんて、街では滅多にないから、好きにさせておけばいい」
「そうだね。どんなご馳走があるかな、楽しみだ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます