第32話風よけ
五人ほど並んでいる列の、最後尾についた十矢の後から、八穂は、どんな肉が焼かれているのか、身を乗り出してのぞき込んでいた。肉が焼けるおいしいそうな匂いは、急に空腹を思い出させた。
「まあ、トーヤさん、いらしてたのね」
「ここでお会いできるなんて」
背後から賑やかな声がして、可愛らしく着飾った娘たちが数人、十矢を取り囲んだ。
八穂は、突然の事で、何が起こったのか把握しないまま、彼女たちに押しのけられて、列からはじき出されてしまった。
「え? ええっ?」
あっけに取られているうちに、八穂の場所は彼女たちにすり替わり、八穂は、しかたなく、少し離れたところへ移動して、十矢と娘たちのようすを眺めていた。
「なるほど、十矢はモテるんだ」
先日、ジェストと行った居酒屋でも、店員の女性が、チラチラ十矢を見ていることがあった。
この国の人に取っては、エキゾチックな顔立ちであるし、確かに八穂が見ても、なかなか見た目もいい。
その上、稼ぎのいいAランク冒険者と来れば、恋人に、あわよくば嫁にと思う娘も多いのだろう。
当の十矢と言えば、盛んに話しかけている娘たちの話を聞いているのか、いないのか、ニコリともせず仏頂面で立っていた。
眉をひそめて、何かに耐えているように下を向いていたが、ふぃと、顔を上げて、八穂の方を見ると、驚いたように目を見開いた。
「八穂?」
「あはは」
何と言えばいいのかわからず、八穂が両手を広げて笑うと。十矢は状況を把握したとばかりに、並んでいる列を抜け出した。
「失礼」
十矢は何でも無いことのように、少女たちの囲みから抜け出すと、なおも話しかけてくる娘たちを無視して、八穂のところへ歩いて来た。
「向こうのテントへ行こう」
十矢は、八穂の背に軽く手を当てて、エスコートすると、娘たちに背を向けた。
「もしかして」
八穂は、十矢を見上げた。
「なんだ?」
「もしかして、私って、彼女たちの、風よけ?」
「いや、そんなことは……」
否定しながらも、十矢の口元には、誤魔化すような笑みが浮かんでいた。
「やっぱり、けっこう強引に誘ったのは、このためか」
「八穂を誘いたかったのはホントだぞ。最近、つきまとわれていて、困ってたんだ、牧場主のデニエさんの娘と、その取り巻きだ」
十矢は、少し申しわけなさそうに、頭を掻いた。
「まあ、いいでしょう。美味しいお肉も食べられるし」
二人は、別のテントに並んで、皿に山盛りの焼き肉と、温野菜のサラダや果物などを受け取ると、テーブルの一つに陣取って食べ始めた。
この牧場で飼育している
「色々食べ比べられるのも良いね。同じ肉なのに全然違う」
「だな、やはり赤牛が一番柔らかいか」
「うん、このホーンディアは初めてだけど、旨味は強いけど、ちょっと固い」
「確かに」
「料理のしかたで変わるかもね、いつか試してみたいな」
「確か、西部地方の乾燥地帯だったような。狩ることがあったら、差し入れするよ」
「楽しみにしてる」
「飲み物いかがですか」
先ほどのデニエさんと同じような、ガウチョパンツと帽子を被った男性が、歩きまわって、飲み物を配っていた。
「オレはエールと、八穂は、果実水でいいか?」
「うん、お願いします」
「チェリの花で香りづけしたエールと、チェリの実の果実水です」
従業員が置いていったエールは。淡いピンク色で、微炭酸なのだろう、やや少なめの泡が上がっていた。
「うん、甘酸っぱい」
八穂の果実水は、透き通った、きれいな赤で、すこし酸味があったが、蜂蜜の甘さで飲みやすかった。
「ふう、食べ過ぎた」
ひとしきり食べると、八穂がお腹をさすった。
「そろそろ、花を見に行くか」
「そうだね、少し歩こうか」
近くを歩いていた従業員に、空になった食器を渡すと、二人は立ち上がった。
遠くの方で、さっきの娘たちが見つめていたが、十矢は気にとめることもなく、花盛りのチェリの木の方に向かった。
「八重桜は
「染井吉野とは、すいぶん違った印象になるな」
「でも、こっちで花見ができるとは思わなかった」
八穂は、頭上にある花を見上げながら、しみじみとつぶやいた。
「オレも、ここへ来て初めて見た。花見なんて、昔の転移者の知恵かもな」
十矢は目の前に伸びて来ている枝を、手で軽くよけながら言った。
「ありえるね。転移者の記録が残っているって、トワ男爵が言ってたし」
のんびり歩いて、木立を過ぎた先は、金属を編んだような柵で囲われた、
体長一メートルほどの赤茶色の牛が、のんびり草を食んでいた。
脚の長さは五十センチほど。短い足をチョコチョコ動かしながら走っているようすは、アニメでも見ているように可愛らしかった。
背中には四枚の小さな羽が生えていて、時々、飛び上がっては、二~三メートル先に着地していた。
「羽はあるけど、さほど飛べないんだ」
十矢が説明する。
「可愛い。目がクリクリ。まつげが長い」
八穂は、思わずピョンと飛んで、手を叩いた。しかし、すぐにハッとしたように、十矢を見た。
「この子たち、食べちゃうのよね……って、さっき食べたし」
「そうだな。獣も魔獣も食べるな。オレなんか狩るのが仕事だし」
「いやあ、見なけりゃ良かったかも」
八穂は複雑な表情で、
「でも、食べなけりゃ生きていられない。そういうもんだ」
「だね、赤牛ちゃん、ありがとう、おいしくいただくよ」
八穂が、手を合わせた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます