第30話千客万来

 八穂やほがトワの広場で、悪意のある冒険者に絡まれることがあってから、街に警備隊の制服を多く見かけるようになった。更に、警備中という腕章をつけた冒険者も、頻繁に行き来していた。


「ヤホ、おはよう」

「リリイ、おはよう」


 隣同士の屋台で、おしゃべりしながら品出しをするのが、毎朝の楽しみになっていた。

リリイの店でアクセサリーを買った女性が、八穂の店でゆで小豆を食べてくれたり、八穂の店のお客さんが、帰りがけにアクセサリーを見ていったり、相乗効果もあった。


「すいぶんアクセサリー増えたね」

リリイが商品を並べている、木の折りたたみテーブルの上一杯に、可愛いアクセサリーが並んでいた。


「ヤホのおかげで、シュシュがよく売れて、これまでより材料を多く仕入れられるようになったから、色々作ってるの」

「そうなんだ、役に立って良かった」


「シュシュは、使う布を変えれば色々なのが作れるでしょ。子供から大人まで、幅広く買ってくれる人が多いのよ」

「なるほど」


 この世界の女性は、ほとんどが髪を長くしているので、髪を結ったり、くくったりするのが当たり前になっていた。


 そのため、髪飾りは、普段使いからお出かけ用まで、毎日付け替えて楽しんでいる人が多い。


 リリイのアクセサリーは、質が良い上に、値段も手頃ということで、常連のお客さんがついていた。


「そうだ、こういうの作れないかな」

八穂は神様ポーチから、古いパッチワークの化粧ポーチを出して、リリイに渡した。


「お気に入りだったのだけど、だいぶすり切れちゃって」

「確かに、端の方が破れそうね。でもこの柄、面白いわ」


リリイは、布を縫い合わせてできた、花の模様を指でなぞりながら、何か考えているようだった。


「布が二重になっていて、中にフワフワしたものが入っているみたい」

「確か、キルティングって言ったと思う。あまり知識がないけど。手芸苦手なのよね」

八穂は申しわけなさそうに言った。


「でも、これも端切れで作れそうね。借りてていい? 研究してみるわ」


リリイは、こういう小物をつくるのが好きなのだろう、化粧ポーチをひっくり返したり、高く持ち上げたりしながら、楽しそうにながめていた。


「どうぞ、糸をほどいて、バラしてもいいわよ」

「ありがとう。できるかどうかわからないけど。作ってみたいわ、これ」

「楽しみにしてる。でも無理しないで」

「わかったわ」


「よし、それじゃ今日も商売、頑張りますか」

「がんばりましょう」


 八穂が気合いを入れるように、手で両頬を叩くと、リリイも小さくこぶしを握った。



「いらっしゃいませ、八穂の屋台開店です!」

いつものように、声を上げると、待ってましたとばかりに、冒険者たちが集まってきた。


「ヤホちゃん、おはよ。揚げ芋ひとつ。お金置いたよ」

「ありがとうございます」


「ステックパン、ここにあるだけ?」

「まだありますよ、どれくらい?」

「二十本」

「今、出しますね」


「ヤホちゃん、揚げ芋のスパイス味なくなったよ」

「はーい、出しましたよ、どうぞ」

「ありがと、これ、お金」

「確かに、ありがとうございます」


 仕事前の冒険者たちの列がけると、ようやくひと息つくことができた。


 次は、甘味目的に来るお客さん用に、魔道具コンロにゆで小豆の鍋を置いて、お椀とスプーンを並べてから、屋台の裏で果実水を飲んだ。


 忙しいと、つい水分補給を忘れてしまう。気分が悪くなってからじゃ遅いからと、十矢とうやに、口が酸っぱくなるほど言われていた。


 過酷な仕事をしている冒険者は、大胆に見えても、体調管理には神経質なほど気をつかうらしい。体調を崩せば仕事ができなくなり、そうなれば収入が無くなるからだ。


「よう」

Sランク冒険者のジェストだった。


 近くを歩いている男の人たちよりも、頭ひとつくらい背が高い。

加えて、覇気が違うというのだろうか。穏やかにみえるのに、他の冒険者とは比べものにならないほどの風格を感じさせた。


「ジェストさん、おはようございます」

「おはよう、その後どう? 嫌なヤツは来ないか?」


「ええ、おかげさまで、かなり警備が強化されたみたいで」

「それはよかった」


「これからお仕事ですか?」

「ああ、冒険者ギルドで打ち合わせだ」

「そうなんですね、お疲れさまです」


「そうだ、ヤホ」

「なんでしょう」


「ステックパン予約できるか?」

「はい、何本でしょう」

「そうだな、とりあえず二百本くらい」


「それは、少しお時間をもらっても?」

「ああ、急がない」

「そうですか、それじゃ、明後日お渡しできます」


「そんなに早くて、無理してないか?」

「ええ、他にも予約があるので、まとめて焼けますから大丈夫ですよ」


「それじゃ、頼む。王都の仲間に送ってやりたくてな」

「おお、気に入ってもらえるといいな」


 手を振って冒険者ギルドに向かうジェストを見送りながら、ヤホはの生地の在庫を計算していた。


 実のところ、ステックパンがこれほど売れるとは考えていなかった。揚げ芋と比べるとお腹がふくれるほどでもないし、子供のおやつか、お酒のつまみで食べる程度だと予想していたのだ。


 この世界の携帯食は、混合粉を固く焼いた、乾パンのようなものらしく、それを現地で調達した肉入りスープなどで、ふやかして食べるらしい。


 それに比べると、卵も、シュガルまで入っているステックパンは、手で持ってカリカリかじれるという目新しさもあって、美味しく感じるようだった。


 改良点といえば、細長いため折れやすいという欠点があって、八穂は、何とかならないかと思っていた。

普通に持ち歩くだけなら、さほどでもないのだが、移動用のリュックや鞄に入れて、山や森の中を持ち運ぶとなると、折れてしまうこともあった。


 固いケースに入れたらどうかと考えたのだが、金属製はもちろん、木製でも重すぎるような気がした。

 厚紙なら良いかも知れないが、この世界の紙は、使い捨てにできるほど安くは手に入らなかった。


「ヤホちゃん、ゆで小豆、三人分お願い」

「はーい、ありがとうございます」

 

 ケースの事は、おいおい考えよう。八穂は切り替えて、鍋のゆで小豆をすくった。

お昼前、甘味好きな女性たちとの、おしゃべりの時間がはじまった。

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