第27話ステックパン

  八穂やほの屋台の新メニュー、クリッシーニの売りあげは好調だった。

屋台の場所が、人通りの多い場所に移動した関係もあるかもしれない。


 意外なことに、軽食として買うお客さんよりも、保存食としてまとめ買ってくれる冒険者が多かった。


 乾燥して日持ちが良いのはもちろん、卵とシュガルも入った生地は、栄養価が高い。

細いステックの形は、布を巻きつけて、荷物の片隅に入れておいても場所をとらないのが気に入られたようだった。


「ヤホちゃん、ステックパン三十本、予約できるかな」

 Eランク冒険者のラケルが声をかけて来た。


「いつですか? ラケルさん」

「あさって。Dランクへの昇格試験で、三泊の討伐依頼受けるんだ」


「いよいよですか。頑張ってください。明日のお渡しでいいですか?」

「うん、頼むよ」

「わかりました」

「狩りでは、移動しながら携帯食を食べることもあるんで、ステックパンは便利なんだ」

「そうなんですね、お役に立っているようで、良かったです」


 クリッシーニとは、言いにくいのか、いつの間にか「ステック」とか「ステックパン」などと呼ばれるようになっていた。


 八穂はたくさん作りおいた生地を、神様ポーチに入れていて、突然の注文にも対応することができるようにしていた。三十本なら、生地のかたまり一つで、一度に焼くことができる。


「ヤホちゃん、揚げ芋、塩味の無いの?」

「ありますよ、あれ? 売れちゃったか、今、出しますね」


「二袋くれ」

「はーい」


八穂は神様ポーチから塩味の揚げ芋を出すと、トレイに並べた。

ついでに、スパイス味とカレー味も追加して並べ、次に来るお客さんにそなえた。


「ここは何屋だ?」


 野太い声がして、顔を上げると、冒険者らしい男が立っていた。

人を見かけで判断してはいけないが、悪意が表情に出ていて、どう見てもあまり性格の良い人間だとは思えなかった。


 イルアの森のダンジョンが正式発表されてから、それを目当て来る冒険者が増えて、トワの宿を拠点にして活動する者が多くなった。

流れ者のような冒険者の中には、まれにではあるが、質の悪い者もまぎれていた。



「ゆで小豆という、甘いビンガ豆のスープと、揚げ芋、ステックパンという棒状の固いパンを売ってます」

八穂が説明すると、男は顔をゆがめて、嫌な笑い方をした。


「けっ、芋か、そんなもん買って食うもんじゃねえ」

男は鼻で笑った。


「お肉がいいなら、噴水近くに串焼きの屋台がありますよ、そちらへ行かれたら?」

「なんだと!」


「当店の食べ物が気に入らなければ、他にも色々な屋台がありますから」

「オレには売れねっってのか? 馬鹿にすんな」


「そんなんじゃ……」

いつのまにか、リクが足もとに来ていて、耳を後に伏せ、長い尻尾を逆立てていた。


「リク、ここで大きくならないでね」

八穂は小声で言って、リクをなだめた。


いくら八穂を護るためだと言っても、広場で巨大化するのは目立ちすぎる。

リクはチラッと八穂を見上げると、八穂が攻撃されたら、いつでも飛びかかれるよう、体を低くして、身構えた。


男は、ただの猫だと思ったのだろう、リクを無視して、揚げ芋の袋を手に取り、袋を口元に押しつけて直接食べ始めた。


「困ります。売り物なんですから」

八穂が言うと、男は威嚇いかくするように、にらんできた。


 ここで弱気を見せると、相手の思うつぼだと考えて、できるだけ冷静につとめたつもりだったが、多少声が震えてしまったのはしかたがない。


「小銀貨一枚です」

「なんだと!」


「揚げ芋のお値段、小銀貨一枚いただきます」

八穂は、目の前にそびえ立つ男を、見上げて言った。


「そんなもん、ねえよ」

男は、空になった袋を投げ捨てると、カウンターの上に並べてあった、揚げ芋の袋を手で振り落とした。


「ああっ!」

八穂は思わず声を上げた。


 二十余りあった袋が勢いよく飛んで、広場の石畳の上に落ち、潰れて散らばった。横にあったステックパンもはずみで落ちて、バラバラに割れて飛び散った。


 近くを通りかかった何人かが、何ごとかと驚いて立ち止まった。

こんな大きな男を、どうやって止めたらいいのか、八穂にはわからなかった。


 困惑してまわりを見ると、手芸品を売っている隣の屋台のリリイと、目があった。

彼女は心配そうにしていたが、どう助けたらいいのかわからなくて困惑していた。


 警備隊を呼んで。リリイは八穂の必死な目配せに気がついて、うなづくと、街の入口付近にある詰め所に向かって駆けていった。


「何をしている」

八穂がどうしていいかわからずに、立ち尽くしていると、頭上から声が振ってきた。


 二メートル以上はあるだろうか、身長一五五センチの八穂よりも、はるかに高いところに顔があり、ガッシリしたぶ厚い体は、おそらく筋肉で、恐ろしいほどの覇気をまとっていた。

腰に大きな剣をさげているので、冒険者なのだろう。


「このお客さんが」

八穂は説明しようとしたが、震えてうまく言葉が出てこなかった。


 大きな男は、地面に散らばった食べ物を見て、それを乱暴に踏み潰している男を見て、顔をゆがめた。


 乱暴な男は、大きな男が自分を見ているのに気がついて、分が悪いと思ったのか、慌てたようすで、二、三歩後ずさりした。


「ほう、か弱い女性には強く出たようだが、それじゃ、自分が弱いとさらしているようなもんだな」

大きな男は笑いながら、ゆっくり男に近づいた。


「いや、あの、へへヘ……」

打って変わって、おもねるような卑屈な笑みを浮かべながら、男は口ごもった。


 体をまるめて、後ずさりして、逃げようとするのを、大きな男は黙ったまま、素早い動きで取り押さえた。


「ぐえ、いてて」

両手を後ろ手に押さえられ、身動きできなくなった男は、情けないようすで頭をたれた。


「あ、ジェストさん? おつかれさまです」

警備隊の制服を着た男たちが駆けつけてきた。


「たまたま通りかかったら、こいつが悪さしてたみたいでな」

ジェストと呼ばれた大きな男は、何でも無いように、男を警備員に引き渡した。

警備員は、礼を言うと男の手に縄をかけ、二人が付き添って詰め所に戻って行った。


 それを見送ってから、残った一人の警備員が、ジェストと八穂に声をかけて来た。

「状況をお聞きしたいので、お手数ですが詰め所まで、お願いできますか?」


「わかりました。屋台をかたづけてから、詰め所にうかがいます」

今日はもう商売にならなそうだとあきらめて、八穂は事情聴取に協力することにした。


「リリイ、ありがとう。助かった」

心配そうに近づいて来たリリイに、八穂はお礼を言った。


「そんなことない。どうしていいかわからなくて、恐くて、助けられなくて」

リリイが泣きそうな顔で言うのに、八穂は首を振った。


「ホントに、助かったのよ。警備隊を呼んでくれて。ありがとうね」

リリイの肩をポンポンと軽くたたきながら言った。


「ヤホが無事で良かった」

「だいじょうぶよ」


 夕方十矢が迎えに来たら、警備隊詰め所にいると、リリイに伝言を頼んで、広場を後にした。

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