第2部

第26話配置換え

 八穂やほがトワの広場で屋台をはじめてから、約半年が過ぎた。五ヶ月が過ぎたことになる。


 この世界の一週間は七日で、せつと呼ばれる。一ヶ月は五節の三五日。一年は十ヶ月で三五〇日になる。


 商業ギルドの、規則で、半年ごとの屋台の配置替えがあった。

広場の中央噴水付近が一番の人気店が置かれる場所で、新しい屋台は広場の端からスタートする。


 商業ギルドの担当者が定期的に見回りをしていて、店主の接客態度や、不正がないか、客の入りの状況などを評価していた。


 八穂が商業ギルドに半年分の税金を支払いに行くと、新しい場所が指定されて、これまでよりも中央寄りの場所に移動することができた。


 まだ、噴水近くの人気屋台には及ばなかったが、ギルド職員のシュルツさんに『これから人気が出そうな期待の屋台です』と評価してもらうことができたので、これからも続けて行けそうな自信もついた。


「あー あった! ヤホちゃん、ここへ移動になったのか」

屋台を開く準備をしていると、馴染み客の声がかかった。


「おはようございます、コンザさん、急な移動で、今日からなんです」

「よかったよ。ヤホちゃんの屋台だから、無くなることはないと思ったけど。良い場所に来たじゃないか。見つけやすいね」


「ありがとうございます。噴水を目指して歩いて来れば、途中なのでわかりやすいですね」


「うんうん、冒険者ギルドからも近くなったし。オレらは助かるよ」

揚げ芋の小袋を手に取って、お金をカウンターに置くと、仕事に出かけて行った。


「ありがとうございます、気をつけて」


 八穂は、カウンターの上のトレイに、神様ポーチから出した揚げ芋の袋を追加で並べ、その横に、今日はじめてお披露目の新メニュー、三本ずつ束ねたクリッシーニを置いた。


クリッシーニは、二十センチほどの長さの、細い棒状の堅焼きパンで、カリカリ気軽にかじれるので、軽食としても、酒のツマミにもなる。


 天然酵母でこねたパン生地を、伸ばして細くカットして作るので、一度にたくさん焼けるのも、八穂としては便利だった。


 この国では貴族が食べているという、バイツ粉百パーセントのパンなので、ある意味贅沢品ではあるが、一本あたりのバイツ粉の量は少ないので、揚げ芋と同じくらいの値段で販売しても損は出ない。


 果たして、気に入ってくれるかどうか、お客さんの反応が気になるところだった。


 リクは、カウンターの中に作ってある休息場所で、丸まっていた。

気が向けば、表のお立ち台で、招き猫をしてくれるのだが、今朝はその気分ではないようだった。


 八穂は、ゆで小豆の鍋を、魔道具コンロの上に乗せ、保温に調整して、開店準備を終えた。


「おはようございます」

声がかかって振り向くと、お隣の屋台の場所に立っている小柄な少女だった。


 年の頃は十五、六と言ったところだろうか、長いブロンドの髪を、ゆるい三つ編みにして、薄緑色のワンピースに、すそまわりに花の刺繍がある、可愛いエプロンをつけていた。


「おはようございます。今日からお隣に来ました。よろしくお願いします」

八穂が挨拶すると、その女性もピョコンと頭を下げて微笑んだ。


「リリイです。よろしくお願いします。私も今日からここです」


「八穂です。それは、ハンカチ?」

リリイが木の折りたたみテーブルを出して、並べていたのは、色とりどりの、花の刺繍をした木綿の布だった。


「そうなの。私が刺繍したものです」

「きれい、上手なのね」


 八穂がテーブルに近づいて、感心したように眺めていると、ハンカチの隣に、ビーズで作ったアクセサリーが並べられた。


「これも、リリイさんが?」

「ええ、作るのが好きなの、ああ、リリイって呼んでください」


「じゃ、リリイ、私のことはヤホで。これは、髪留めかしら」

八穂が手に取ってみると、ゴムのような伸縮性のあるひもに、ビーズの花をつけたアクセサリーが目にとまった。


「そう、髪を結ぶのに使うの。ヤホも髪をくくっているから…… あら?」

「なに?」


「ヤホが、髪をくくっているリボン、はじめて見る」

「ああ、これはシュシュというの」


 八穂が、髪から青い水玉柄のシュシュを外して見せると、リリイは、興味津々というように、身を乗り出した。


「これ、可愛いですね。布をこうして巻いて縫ってある」

「中にゴムという伸び縮みする紐が入ってるのよ。おそらく、この髪留めと似たようなものだと思う」


「ああ、これは、弾性紐だんせいひもって言うんですけど。なるほど、作るのは難しくはなさそうね」

「そうなのね、私は手芸は苦手だけど、器用なリリイなら、すぐできるかもね。良かったら見本にあげるわ」


「ええ、いいの?」

「いいよ。使ってたもので悪いけど。これ好きで、いくつも持ってるから気にしないで」


八穂が言うと、リリイは嬉しそうに、シュシュをかかげて、ながめた。

「これ、まねして作っても?」

「もちろん、私が考えたものじゃないし」


「ありがとう。これなら端切れとか使っても、可愛いのが作れそう」

「それは楽しみ。できたら、買わせてもらいたいな」


「それは、ぜひ。あ、代わりに、この髪留め使って」

リリイは、先ほど八穂が見ていた、ビースの花の髪留めを差しだした。


「いやいや、これは商品でしょ。気持ちだけでいいよ」

「いえいえ、感謝の気持ち。それと仲良くしてもらえて、嬉しいから」


「ありがとう、それじゃお言葉に甘えて」

八穂はもらった髪留めで、髪を束ねた。


「おーい、ヤホちゃん」

ヤホの屋台の前で、お客さんが呼んでいた。


「いけない、また今度、ゆっくり話そう」

八穂は、リリイに手を振って、あわてて自分の屋台へ戻って行った。

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