第23話シェアハウス

「ねね、四人とも、ここに下宿しない?」


 自宅前にエビルボアやキラードッグなどの魔獣が出て、十矢とうやと『ソールの剣』の三人が倒してくれた。


 危険な森の中に住んでいるのだ、という現実を思い知らされて、戦う力を持っていない八穂やほは、怖じ気づいてしまっていた。


 夕食を食べ終わったら、四人は八穂の家を出て、トワに借りている宿へ帰るはずだ。一人家に残されて、朝まで無事にいられるだろうか。


 魔獣の実態を知らなかったこれまでは、一人でも平気で過ごしていたのに、急に頼りないものに思えてきた。強い魔獣が出れば、木造の家など簡単に壊されてしまいそうだった。


 それで、思わず口にしてしまったのだが、言われた四人は驚いたように、目を見開いた。


「本気か?」

十矢が言った。


「ミーニャはともかく、オレたちでいいのか?」

「そうだよ、オレはこの家興味あるから、嬉しいけどさ」


「うん。二階に使ってない部屋が三つあるし、外階段から直接二階へも上がれるようになってるから。ミーニャは一階の、私の部屋の隣、両親の部屋だったところに住めると思う。シェアハウスしよう」


「私としては、ヤホと暮らせるのは嬉しいけど、迷惑じゃないの」


「迷惑なんて、私が頼みたいの。魔獣が出る森に一人暮らしは恐いから。お願い」

八穂が手を会わせた。


「オレも畳の家に住めるのは嬉しいけどさ。しばらくはイルアの森担当になってるし、そうさせてもらうか?」

十矢が言うと、他の男子二人もうなずいた。


「迷惑かけないようにするし、下宿代も入れるよ」

「やった!!」

トルティンが言うと、ラングは嬉しそうに両手を上げた。


「ありがとう。下宿代はいらないけど、朝と夜の食事は任せて」

「それじゃ、食費は払うよ」


「わかった、そうさせてもらう。さっそく部屋を案内するね。部屋と外階段の入口ノブには鍵が付いてるから、後で合鍵を渡すね」


「合鍵を作るなら、トワの商業ギルドに頼めば、複製スキル持ちの人が複製してくれるはず」

ミーニャが教えてくれた。


 複製スキルとは、文字通り、同じ物を複製するスキルで、スキル持ちは、悪用されないように国で管理されている。

用途や理由の提出と料金が発生するが、比較的簡単に合鍵が作れるのだという。


「わかった。行ってみるね。具体的なことは、明日決めるとして、今夜はどうする? 夜だし、このまま泊まってもらえると、ありがたいんだけど」


「いいのか? いいなら、こっちこそ助かるけど」

「もちろん、男子は雑魚寝になるかもだけど、お布団も何組かあるから、寝られるよ。」


「おおお 布団♪ 寝たい」

十矢がテンションを上げて叫んだ。


「そのまま布団を使っても良いし、後でベッドを入れてもいいよ。部屋は好きに使って」

「よし、明日宿を引き払って、仕事が終わったら買い物だな」


 八穂は、部屋と、お風呂、トイレの場所と簡単な使い方を案内した。

それから、お風呂を沸かして、順番に入っている間に、リクの空箱ベッドの隣に毛布を敷いて、イツの場所を作った。


 イツは夜は外で自由にしているらしいのだが、リクと意気投合したらしく、寄り添ってくつろいでいたので、家で休んでもらうことにした。


 十矢によると、イツもリクと同じように、自分でドアを開け閉めできるらしく、外に出たくなったら好きにするだろうということだった。



 翌朝、八穂が朝食の用意をしていると、ミーニャが起きてきた。

「おはよう 八穂」

「おはよう、早起きだね」


「冒険者の朝は結構早いよ。早く行かないと良い依頼が取れないからね」

「なるほど、そうか」


「おはよう、八穂」

「おはよう、十矢、良く眠れた?」

「うん、布団は安定感あるよな。グッスリだ」


「おはよう、十矢」

「おはよう、ミーニャ」

「うん、いいわね。起きて挨拶する人がいるって、新鮮だわ」

「だな、オレはソロばかりだから、朝の挨拶なんて、いつも宿の女将さんくらいだ」


「はい、できた。またお握りで悪いけど。今度みんなの分の食器を買わないと」

八穂は言って、海苔を巻いたお握りと、味噌汁、昨夜の残りの温野菜、きゅうりの浅漬けをテーブルに並べた。


「パンはこれだけしかないから、分けて食べてね」

半分にカットしたベーグルと、角食パンとベリージャムを皿に乗せて言った。


 移転時に家にある消耗品は,使った分翌日にもと通りになるという、神様特典の一つだ。

お米は十キロあったので、五人で十分食べられるが、パンは、移転当日買ってきたベーグル三個と、一緒に転移してきた材料で焼いた食パンだった。


「おはよう」

「おはー」

トルティンと、眠そうなラングがキッチンに入ってきた。

トルティンは頭から水を被ってきたのか、濡れた髪をタオルで拭いている。


「髪、洗ったの?」

八穂が聞くと、トルティンが首を振った。

「いや、水の流れを止めるのがわからなくて、あれこれやってたらこうなった」


「あらま」

「ははは、トルティンのあわて方ったら」

「そう、笑うなって」

おかしそうに笑うラングの口を、トルティンが乱暴に手で塞いだ。


「いや、だってさ、水の出るところが上向いちゃってさ」


「蛇口の向きが変わっちゃったか。二階の洗面台は、少し変わったデザインだから、わかりにくかったかも」

「次からは大丈夫。身に染みてわかったから」

トルティンが情けない声を出すと、みんなが吹き出した。


 賑やかな朝食を済ませた五人は、仕事に出かけるため外へ出た。

家の前の空地の草は、あちこち抜け落ちて、土が削られたように荒らされていた。


 十矢が神様ポーチから出して、見せてくれたエビルボアは、まるまると肉付きの良い、牛ほどの大きさの魔獣で、黒光りのする長い毛に被われていた。


 とがった口の両側には、上に巻き上がった牙が生えていて、半開きになった口から覗いている歯は鋭くて、こんなのに噛まれたら、ひとたまりもいと思った。


「こんなのが家のすぐそこにいたと思うと、何とも言えないね」

死んで動かなくなっている今でさえ、小山のように盛り上がった筋肉が、恐ろしく感じられた。


「エビルボアの場合は、いったん走り出したら一直線だから、横に避けて物陰に隠れればやり過ごせるよ」

「そうなんだ……」


 トルティンが、何でも無いように説明してくれるが、八穂が遭遇したら、冷静でいられるとは思えなかった。

以前『トワの未来』の子供達が出会った時は、どんなに恐かったことだろうと、改めて思った。


 当時は八穂はまだ、魔獣というものを見たことがなかったので、実感として感じられていなかったのだ。


「こいつと、ザコ犬は冒険者ギルドに報告しておくよ」

十矢はエビルボアを神様ポーチに仕舞い、それからみんなでトワへ向かった。

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