第22話暗闇の中の戦い

 八穂やほの飼猫のリクは、八穂を護るために、神様特典で神獣ドウンとして巨大化することができる。

まだ戦ったりしているところを見たことはなかったが、ある程度の攻撃力はあるのではないかと予想はできた。


 でも、普段はあくまでも、八穂のペットなのだ。八穂にとっては庇護する対象、世話の焼ける可愛い家族だった。

これまでは、威嚇いかくしたりうなったりするところは、まったく見たことがなかった。


 十矢とうやに家の中にいるように言われた八穂だったが、落ち着かなかった。

何が起こっているのか知りたくて、窓から外をのぞいてはみたが、外はぼんやりした月あかりがあるものの、目をこらしても良く見えなかった。


 相変わらず、リクの唸り声は続いていて、十矢たちだろう、闇の中で動きまわる足音が聞こえていた。


「そっちへ言ったぞ」

十矢が指示する声が聞こえた。


「もっと左だ! ラング撃て!」


 弓師のラングが矢を放ったのだろう、ヒュン ヒュン! 風を切る音がした。

魔獣だろうか、ゴウと地の底から響くような声がして、地面が揺れた。。


「目を潰した! 気を付けろ暴れてる」


せわしく動きまわる気配。シュッ! と、切り裂くような音。ズンと重いものが叩きつけられて、地面が揺れた。


 十矢たちが何者かと戦う音が聞こえるだけで、ハッキリようすがわからないので、八穂は緊張していた


「フリーズ! 足もと凍ったわ。今のうちに」

ミーニャの声に続いて、闇に中に、月光に反射する剣がひらめいた。


グゥオオオォォォ!!


 八穂が聞いたことのない、咆哮が響いた。平和な日本では、決して聞くことのなかった声だ。


 いても立ってもいられないとは、こういう状況を言うのだろう。八穂は体を固まらせたままで、息をつくのも忘れるほどの恐怖を感じていた。


「イツ! イツこっちだ。リクとザコ共を押さえてくれ」


十矢が相棒を呼んだのだろう。八穂のリクと同様に神獣、大鷲カルラであるらしい。

バサバサ鳥が羽ばたく音がして、空中を飛び回る気配がした。


 小さい獣が走り回る複数の足音、キャンキャンという騒がしい鳴き声。

グゥオオオ!! という恐ろしい魔獣の声。


リクのうなり声や、イツの羽ばたき、剣が空を走る気配などが、家の前の空地に充満して、八穂の恐怖も極限に近かった。


 やがて、魔獣の悲鳴のような声を最後に、ズンと地面に叩きつけられるような揺れが来て、静かになった。


 窓に貼りつくようにして、外をうかがっていた八穂は、この静けさが安心していいものなのか、さらに警戒するべきなのかわからずに、動けないでいた。


「八穂、もう大丈夫だ」

しばらくしてから、十矢たちが戻って来た。


 急いで玄関まで走った八穂は、意外に汚れていない彼らの姿を見て安心した。

もっと土まみれになったり、怪我をしたりしているのではないかと、心配していたのだ。


そのまま上がってもらい、まだ料理が乗ったままのテーブルに座ってもらった。


「おつかれさま、麦茶をどうぞ」

八穂が冷たい麦茶を注いだコップを配った。


「お食事途中になっちゃったけど、つまみながら一休みしてね」


「ありがと、落ち着いたら話すね」

トルティンが言って、麦茶を一気に飲み干した。


「八穂、悪い、こいつにも何かないかな、水と、肉系がいいんだが」

十矢は肩に乗せていた鳩ほどの大きさの鷲を指して言った。


「了解。この子がイツね。はじめまして」

八穂が挨拶すると、イツはクルルと、可愛い鳴き声をして答えた。


「今は小鳥モードだからこんなだけど、リクと同じで巨大化するぞ」

「そうなんだ。頼もしいね。茹でたドードー鳥の肉でも大丈夫? 共食いにならない?」


「まさか、こいつ肉食だから平気」

十矢はおかしそうに笑った。


「じゃあ、こっちで、リクと並んで食べてね」

リクの器の隣に並べて、深皿を置き、リク用に、ドードー鳥の肉を茹でて裂いておいたものを、山盛りにして乗せた。


 ドードー鳥は地球では絶滅した幻の鳥だが、こちらでは家畜として繁殖されている、食肉としてお馴染みの鳥だ。


 リクはすでに、イツとは知り合いになったらしく、お互い顔を突き合わせて挨拶をすると、それぞれの皿に向かった。


「外にいたのは、エビルボアだった。一応、神様ポーチに入れたから、明日見せるよ」

十矢が説明した。


「前に子供達が遭遇した魔獣かな?」

「いや、同じかどうかはわからない」


 彼の話によると、

ダンジョンのできる過程で、内部で地殻変動が繰り返されるため、生まれた魔獣が、外に吐き出される事があるという。


先日、子供達が出会ったのも、今回のも、ダンジョンから出てしまったのだろうとのことだった。


 エビルボアの他に、キラードッグが十匹ほどいたという。別名ザコ犬とも言われる、名前の割には、弱い犬型の魔獣らしい。


「エビルボアは、魔獣の中ではDランク。さほど強くないから、コツさえ知ってりゃ倒せるよ」

まだ、表情がこわばっている八穂を、安心させるように、十矢が言った。


「そうなんだ、暗くて良く見えなかったから、何が起きてるのかわからなくて、恐かったよ」

八穂が言うと、ミーニャが立ち上がって、彼女の肩を抱き椅子にすわらせた。

「戦闘を見たことがない人は、恐いよね。当たり前だわ」


「でも、これが現実なんだなって実感した。日本ではこんなことないから」

「そうだな。オレも向こうにいたら、戦うことなんか一生なかったはずだ」


「八穂たちの故郷って、どんなところなんだろうな」

ラングが目を輝かせて言うと、トルティンもうなずいた。

「この家だけ見ても、不思議だらけだもんな」


「これからも、こんなことあるかしら。現実見て、ここに住むのが恐くなったな」


「そうだな、無いとは言えない。ダンジョンが本格稼働しはじめたら、人が集まってくるはずだ。定期的に魔獣狩りもするだろうし、町の建設がはじまれば、防御壁も作られると思う」


「そうなるまで、どれくらいだと思う?」


「うーん、一年かからないくらいじゃないか。放っておいたら魔獣があふれるから、トワ男爵を中心に早急に動くと思うよ」


「そうか……」

「一時的に、トワの宿にでも避難している?」

黙り込んでしまった、八穂にミーニャが声をかけた。


「家を離れたら、魔獣に壊される心配あるよね。この家は壊したくないな」

「そうだわね。まわりを丈夫な塀で囲むとか?」


「それはした方がいいかもね。ギルドで相談してみようかな……」


しばらく考えこんでいた八穂が、顔を上げた。

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