第21話ご招待

 夕刻、あたりが薄暗くなって来た頃、約束通りに十矢とうやと『ソールの剣』の三人がやってきた。


 八穂やほの自宅は、森の中の一軒家なので、外に灯りがあるはずもなく、日が沈むと暗闇に閉ざされてしまう。


 いつもなら日が暮れる前に、厳重に鍵を閉め、雨戸も閉めて、外に光がもれないようにしているのだが、今夜は初めての来客ということで、玄関の灯りもつけていた。


「いらっしゃい、どうぞ上がって」


「こんばんは」

「ご招待ありがとう」

『ソールの剣』の三人は、物珍しそうにまわりを見ていた。


古い田舎造りの家なので、玄関は広い。向こうで八穂が移動に使っていた自転車も、隅に置かれていた。


「チャリがある」

目ざとく自転車を見つけた、十矢が嬉しそうに、サドルに手をかけた。


「向こうで乗ってたやつ。こっちでは乗らないけど」

「なる、こっちの道じゃ乗りにくいか」


「なに、それ?」

好奇心旺盛なラングが聞いて来た。


「私の故郷の乗り物。ここに座って、足で、このペダルを踏むと進むの」

「へええ 面白い」


「こんなんで倒れないのか?」

トルティンも興味津々だ。


「動き出すと倒れないんだ。馴れるまでコツがいるけどな」

十矢は言って、ハンドルをポンポンと叩いた。


「どうぞ上がって、ここで靴は脱いでね」


「靴を脱ぐの?、変わってるわね」

ミーニャが言った。


こちらの建物の床は、ほとんど石やレンガ、板張りなどで、靴を脱いで家に入るという習慣は無かった。

靴を脱ぐのは、自室で寛ぐ時か、寝る時くらいなので、違和感があるのだろう。


「私の故郷の、日本の風習なんだ。靴のままでいい建物もあるんだけど、私の家は靴を脱いで生活するタイプの建物なの」


 冒険者がはいている、厚い靴底の革ブーツは、留め金も多くて脱ぐのが大変そうだった。けれど、しかたがない。

順番に玄関先に腰掛けて、靴を脱いでもらい、端に寄せて並べた。


「畳! 懐かしいな」

案内する間もなく、十矢が茶の間に腰をおろした。手で畳を撫でながら、しみじみした様子で、畳はいい。落ち着くを連発している。


「ここが茶の間、床が畳です。座布団に座ってね」

八穂が『ソールの剣』の三人に説明すると、彼らは十矢のまねをして、恐る恐る座布団に座った。


「ずっと座ってると、足が痛くなるかもだから、足を伸ばしていいよ」


「おう、確かに馴れないと不安定だな」

十矢のまねをして胡座あぐらをかこうとしたトルティンが、バランスを崩していた。


「座るのがつらかったら、続き部屋のキッチンにテーブルと椅子があるから、そっちで座ってね。お食事はキッチンで食べようか」


 ミーニャとラングは、最初から足を伸ばして座り、部屋の中をキョロキョロ見回していた。

体の大きな冒険者が四人もいるので、いつもの八畳間が狭く感じられた。


 緑茶とお茶菓子の煎餅をつまんでもらっている間に、八穂は夕食の仕上げをすることにした。


 十矢がお茶と煎餅の説明をしている。

 緑茶もこの世界にはあるのだが、紅茶が主流で、あまり一般に売られてはいない。煎餅はもちろんないので、三人とも珍しそうに口に入れていた。


「どうぞ、お料理ができたから、キッチンのテーブルで食べて」

八穂が声をかけると、四人はキッチンに入って来た。


 薄いオレンジ色のタイル模様の床板に、焦げ茶色のカリン材の食卓が置いてある。

亡くなった母の好みで購入したテーブルセットだったのだが、とても重くて、父と二人で運び入れるのに苦労したものだった。


 テーブルの上には、揚げたての天ぷら各種、温野菜のサラダと、お昼に試作した揚げ芋、海苔を巻いた三角お握りが乗っていた。


「天ぷらだ。フライはあるけど、天ぷらは、こっちへ来てから初めてだ」

十矢は、箸を持つと、嬉しそうに手を伸ばした。


「三人にはフォークを用意したから使ってね、お箸では食べにくいと思ったから、お握りにしてみた。手づかみで食べていいよ。お味噌汁もあります」


「何を見ても変わってるな」

「だな、こっちにはないものだから、面白い」

「外側の衣がサクサクで美味しいわ」


『ソールの剣』の三人も、興味深そうに、それでも気に入ってくれたようで、食が進んでいた。


「ところで、崖の亀裂ってどうなの、やっぱりダンジョン?」

八穂が聞くと、四人ともうなずいた。


「ほぼ決まりだな。裂け目が大きくなってるし、おそらく、中で地殻変動を繰り返してるはず」

と、トルティン。


「そうなんだ」

「あとで正式発表があると思うけど、ギルマスも動き始めたし」

十矢がお握りを口に運ぶ手を止めて言った。


「不思議なことに、見えないところでダンジョンが育ってるのよね」

「強い魔獣が生まれるのは、内部でダンジョンコアが育ってから、これからだ思うけど、体勢が整うまでは大変だな」


「でも、ダンジョンができるところなんて、なかなか見られないからさ、オレは面白いけどな」

ラングは楽観的なようだ。


 その時、外で、何かドンとぶつかるような鈍い音がして、シャーッという猫の威嚇の声がした。さらに、ウーッと唸る低い声。


「リク? リクの声?」


 最近のリクは自分でドアを開け閉めできるのを良いことに、営業時に八穂の護衛についている以外は、気ままに外へ出ては、遊び歩いていることが多かった。

彼が体を巨大化すれば、強い魔獣でも負けることはないので、好きにさせていたのだが……


何があったのか心配になって、玄関まで走り、外に飛び出しそうになった八穂を、十矢が止めた。


「待て」

「だって、リクが」

「オレらが確認するから、中にいろよ」


十矢と『ソールの剣』の四人は、さすがに馴れていた。急いで身支度を整えると、落ち着いて外へ出て行った。


「ヤホ、こういう時は専門家に任せておいて」

ミーニャがヤホの肩を叩いて元気づけてくれた。


「お願いします」

八穂は頭を下げた。

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