第24話顔馴染み
五人での共同生活は快適だった。
お互い干渉しあわず、それぞれのペースで過ごし、必要な時は相談し協力する。茶の間とキッチンは共同スペースで、好きに過ごして良いことにした。
朝食と夕食はできるだけ一緒に食べるが、いらないときは前日に申し出る。戸棚や冷蔵庫にも共同スペースを作り、その中の物は食費で購入。自由に食べて良い。
そんなゆるいルールでも、独立心の強い冒険者達なので、馴れ合いすぎることもなく、うまく行っていた。
それに、なんと言っても、
八穂が広場での屋台の仕事を終えて、帰宅する頃には、
「おはようございます、八穂の屋台開店です!」
十矢たちが家を出る時間に合わせるようになった八穂は、これまでより少し早めに屋台を開くようになった。
新メニューの揚げ芋が、仕事前の冒険者たちの腹ごしらえに一役買うようになったからだ。
朝は塩味と、カレー味の評判が良い。夕方は酒のツマミにとスパイス味が良く売れた。
油紙の小さな袋に小分けにしてカウンターに並べておくと、勝手に取って、お金を置いて行ってくれるので、手間いらずだった。
油紙は、目の粗い安価な紙の内側に、食用油を染み込ませたもので、多少の湿気は弾くので、食品の包装によく使われていた。
時間が経ってくると、これまで通り女性客が増えてくる。
甘いビンガ豆のスープ、ゆで小豆をスプーンで口に運びながら、世間話をしたり、看板猫のリクをじゃらしたりしていた。
夕刻には、お土産用の壺を持って、ゆで小豆を買いに来る人、熱々の揚げ芋をアテに晩酌を楽しむのだろう、四袋、五袋とまとめ買いしてくれるお客さんも増えた。
「ヤホちゃん おはよう、カレー味もらうよ」
毎朝のように来てくれる、馴染み客が声をかけて、揚げ芋の袋を取った。
カウンターに代金を置くと、さっそく袋をあけてアツアツの揚げ芋を口に入れた。
「おはよう、ダンジさん。これから仕事?」
「うん、最近イルアの森の依頼が多くなって、近いから助かるよ」
「そうなのね」
「以前は魔獣なんかいなくて、安全だったのに、最近増えてるんだよな」
「噂によると、ダンジョンができそうらしいぜ」
「あら、ダナンさん、おはよう」
「おはよう、ヤホちゃん。オレ、塩の揚げ芋」
「はい。ありがとうございます」
「なな、ダナン、それ本当か?」
「おう、ダンジ、お前もいたのか。噂だけどな。そのうち発表あるんじゃねえかな」
「オレらにとっては、稼ぎが増えていいな」
「だな、オレも期待はしてるんだけど、危険も増える」
「まあな、でも、オレらは危険を冒してナンボだ」
「おうよ、よし、稼ぐぞ!」
「危ないことしないでよ、二人とも」
八穂が調子に乗りそうな二人を
Dランク冒険者の二人は、この界隈では中堅になる。普通の冒険者の多くはDランクまで上がって一人前。
エビルボアなどのDランク魔獣を、安定して狩れる力があると認められた者だ。
Cランクに上がれるのは、Dランク冒険者の三分の一くらいだ。Cランクに上るのは、冒険者の目標のひとつで、上級者と認められる。
二人がお喋りしている間にも、入れ替わり揚げ芋目当てのお客さんが来て、ヤホはそれに対応を続けていた。
「ごちそうさん、ヤホちゃん、またな」
「うまかった」
「ありがとうございます。気をつけてね」
二人が仕事の依頼を探しに、冒険者ギルドに向かうのを見送ると、ヤホは神様ポーチから、ゆで小豆の大鍋を出して、魔道具コンロの上に乗せた。
ちょうど良い温度に保温できるよう魔石を調整して、お口直しの浅漬けも用意して、女性の買い物客が通りかかるのを待った。
ゆで小豆は、開店当初より少し改良してあった。屋台では、基本立ち食いになるため、お汁粉のように汁が多いと、こぼしてしまうお客もいた。
そのため、汁を少なくして、豆をスプーンですくって食べられるようにしていた。
加えて、量が多くて食べ切れない女性も多かったので、少な目にして、その分値段を下げていた。
「こんにちは」
「きょうは、いいお天気ね」
顔なじみの二人連れの女性が近づいて来た。
「いらっしゃいませ。マリさん、ユリナさん。気持ちの良い日ですね」
「一杯ずつ、くださいな」
「ありがとうございます」
二人は屋台の前に並べてある簡易椅子に腰掛けて、食べはじめた。
「お買い物に来たら、ここへ寄らないではいられないわ」
「気に入ってもらえて嬉しいです」
「ビンガ豆を甘くするなんて、考えもしなかったわ」
「そうね、塩茹でにするしかないと思ってたね」
「そうなんですね。私の故郷では、豆は甘く煮ることが多かったので」
「へえ、所変われば、だわね。そういえば、神隠しにあったって聞いたけど」
「あら、ご存知でした?」
「ナイショだった? 知ってる人多いと思うけど」
「いえいえ、秘密にしてないですよ。知り合いが増えると、知ってる人も増えますからね」
「遠い国なんでしょ、どんな国か聞きたいわ」
「そうですねえ、何から話せば良いのかわからないくらい、違ってますね」
「そうなのね、面白そう」
「ここでは、道具は、魔石を使った魔道具で動きますけれど、私がいた所には、魔術はなくて、電気というもので道具が動くんです」
「へええ、変わってる」
二人とも興味深そうに聞いていた。
八穂が異世界から来たとまでは、知らないかもしれないが、遠いところから、イルアの森に飛ばされて来たということは、知っている人が増えてきていた。
冒険者ギルドには説明してあるし、知り合いになった人にも隠しているわけでもないので、自然に知れ渡ったのだろう。
だからと言って、特別扱いされるわけでもなく、利用しようとしてくるわけでもなく、好きなようにさせてもらえる環境はありがたいと思っていた。
「すみません、一杯ください」
八穂が話していると、新しいお客さんから声がかかった。
「はい、ただいま」
「あ、ごめんね、ヤホさん。忙しいのに」
「ごちそうさま、またお国の話聞かせてね」
「はい、ありがとうございました」
食べに来るだけでなく、八穂とお喋りを楽しみに来るお客も増えて来た。
知らない場所に来て、途方に暮れていた時から、何ヶ月もたたない間に、いつのまにか、この世界に馴染んで来ているのを、八穂は実感していた。
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