第18話差し入れ

 はじめて八穂やほの屋台に来てから、十矢とうやは、仕事で外に出ている時以外は、毎日のように顔を出すようになった。


 本当は甘い物は得意ではないらしいのだが、あの日は、懐かしさのあまり、夢中で食べてしまったのだという。


 確かに、八穂も自宅ごと転移していなければ、そして自宅にあった食材が、無限に使えるなどという神様特典がなければ、故郷の味に飢えていただろうと思った。


 そこで、お握りやみそ汁などを神様ポーチに作り置きしておいて、十矢にも差し入れするようになった。


「ほい、土産だ」

その日、十矢が差しだしたのは、茶色い麻袋だった。


差し入れのお礼なのか、時々、依頼で行った先で狩った獲物などを持って来てくれるようになっていた。


「ありがと、何だろう」

八穂も、この世界の珍しい食材などを知ることができるため、楽しみにしているところがある。


「お肉?」

「そう。赤牛レッドカウ

「ああ、こちらへ来たばかりの頃、屋台で食べたことある」

八穂が、初めてトワの街に来た時の事を思い出して言った。


「郊外の牧場で育ててる。家畜としては、ドードー鳥と並んで、ポピュラーだからな」

「そうなんだ」


「野生の赤牛レッドカウ捕獲の依頼で、西部地方へ行ってきたんだ。繁殖させるにも、たまには新しい血が必要になるらしい」

十矢はカウンターに乗せた麻袋を開けて、油紙の包みを少しだけ広げて見せた。


「いいお肉。赤身なのに、良い感じにサシが入ってるね」

「これは牧場育ちだからな。牧場経営の依頼主が礼にくれた。野生のならもっと脂が少ないと思うが」


「なるほど、後で何か作ったら差し入れするね」

八穂は赤牛の包みを自分の神様ポーチに収納すると、代わりに、木の弁当箱を取り出した。


 亡くなった父親が、昔使っていた、曲げわっぱの弁当箱で、一緒に転移してきたものだった。

木製品ならこちらにもあるだろうということで、十矢への差し入れ用に使っていた。


「ありがとう、今日のは何だ?」

十矢が弁当箱の蓋を持ち上げてのぞき込んだ。


「赤飯。ビンガ豆で炊いてみた。ただ餅米がないので、普通のお米だけどね」

「それは懐かしい」


「ごま塩も入れてあるから、かけて食べて。それと、肉じゃがと、茹でたほうれん草。醤油も入れてある」

「日本の食材、何でもあるな」

十矢が嬉しそうに言うと、八穂は肩をすくめた。


「これが神様特典だからね、私の。だだ屋台で売る量には足りないから、自分で食べるだけだけど」

「それでも、おかげで、オレまで恩恵が受けられる。和食が食べられるというだけで、生活が潤うな」


 十矢は自分の神様ポーチへ、弁当箱を納めると、屋台前のお立ち台に座っていたリクの頭を撫でた。


「そういえば、今度、オレの使役獣イツを紹介するよ。イツもリクと同じ聖獣、カルラだ」

「やっぱり神様から?」


「そう、飛ばされて来た日、突然現れて、それからずっと一緒の相棒だ」

「そうなんだね」


 見知らぬ世界に飛ばされて、知り合いもいない孤独を乗り越えるために、エリーネ神の気遣いなのかもしれない。

十矢も、八穂と同じように、数々の神様特典を授かっていたのだった。


 それでもなお、見知らぬ世界で暮らして行くのは、特に精神面で負担がかかる。八穂も十矢も、同郷の知己を得たことで、お互い心強く感じているのだった。


「ヤホちゃん、持ち帰り頼む」

声が掛かって、持ち帰り用の壺が差し出された。


何度も買いに来るお客さんは、一度買って行った壺を持って買いに来るようになっていた。

その方が、毎回壺代を払わなくてすむというわけだ。


「はーい、ベリエルさん、また奥さんに頼まれたの?」


「そうなんだよ、アンナも、子供たちも甘い物には目がなくてな」

「いつもありがとうございます。お漬物サービスしておきますね」

ヤホは、浅漬けのきゅうりを油紙に包んで渡した。


「おお、ありがとう。これはオレのツマミだな」

ベリエルは、嬉しそうに手を振って家路についた。


「持ち帰りだ、頼む」

「ありがとうございます。壺は買い取りで良いですか?」

「ああ」


「それじゃ、こちらです。次からは壺をお持ちくだされば、その分値引きしますので」

「わかった、そうしよう」


 職人風の男が立ち去ると、すぐに、別のお客さんがやってきた。

十四か十五歳といった所だろうか、若いが上質なスーツを着ているところを見ると、このあたりに多い職人や冒険者ではなさそうだった。


「こちらで召し上がります?」

「うん、一杯ください」

「少々お待ちください」


「八穂、そろそろ帰るわ、また来る」

、八穂の接客を見ていた十矢が、声をかけてきて、冒険者ギルドの方へ歩いて行った。


「ありがと、またね」

八穂は十矢の背に声をかけると、木の椀にゆで小豆を注ぎ、スプーンを添えてカウンターに置いた。


「すみません、お待たせしました、どうぞ。お口直しの漬物もどうぞ」

「ありがとう。これが噂の、ビンガ豆の甘いスープか」


 若いお客は、興味深そうに椀の中を眺め、顔を近づけて匂いを吸い込んでから、スプーンを口に運んだ。

「うん、甘いな」

「シュガルで味付けしていますから」


「なるほど、おいしいよ」

目を閉じて上を向き、ゆっくり味わっているようだった。

「よかった、お気に召しましたか?」

「うん、これ持ち帰れますか?」


「はい、三人前入った持ち帰り用の壺がありますけれど」

「それは良かった。じゃ、それお願いします」

「ありがとうございます」


 日が傾いてきて、客足が途切れた頃、八穂は店じまいをしようと、片付けはじめた。


 だいぶゆで小豆の認知度も上がってきて、最近は少しだけ、儲けも出るようになって来ていた。


 あとは、もう一工夫。お客さんからは、何かお腹にたまるものが欲しいとリクエストが届いていた。

何か新しく出せるものはないか、八穂はあれこれ考えるのだった。

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