第17話同郷の男

 この世界のせつ、日本でいうところの一週間は、七日間で、一ヶ月は一節から五節までの三五日。

一年が一月から十月までの十ヶ月で、三五〇日となっていた。


 一節はそれぞれ、月曜、火曜、水曜、木曜、金曜、土曜、日曜と呼ばれていた。

 自動翻訳のせいなのかはわからないが、故郷での言い方そのままなので、なじみやすかった。


 一般に休日は日曜とされていて、公共機関や職場などは休みになる。

しかし、冒険者ギルドは年中無休で、冒険者は自由な立場なため、好きな時に働いて、好きな時に休む。


 広場の屋台も、人が休んでいる時こそ稼ぎ時、ということで、八穂やほは、休日後の月曜を、屋台の定休日に決めた。


 と言っても、定休日のほとんどは、ゆで小豆の仕込みで終わってしまうのだが、それでも作り置きして神様ポーチに入れておけば、いつまでも作りたてのままなので、気分転換をしたり、リクと遊ぶ時間くらいは確保することができた。


 最初は戸惑いが多かったが、一ヶ月もたつうちに、しだいに馴れて来て、馴染みのお客さんも増えて来た。


 この国でのスイーツと言えば、ビスケットのような固い焼き菓子が普通で、甘味も控えめなものが多かった。

そのため、スープ状の甘味は珍しく、興味を持つ人も多かった。


 特に買い物帰りの女性に人気で、甘い物に目がないのは、どこの世界でも共通のようだ。

二人、三人と連れだって来て、おしゃべりしながら食べて行くことが多かった。


 女性たちには、看板猫のリクも人気だった。あまり愛嬌は良くなかったが、もふもふの長い毛に触りたがる人もいて、しかたなさそうにさわらせてやることもあった。


 男性はその場で食べることよりも、家族や恋人の土産みやげに持ち帰る人が多かった。

子供にねだられたと言って、毎週持ち帰り用の壺を持って買いに来る人もいた。


 売り上げも安定してきたので、口直しに、きゅうりの浅漬けをサービスするようにしたところ、売って欲しいという人が出て来た。


 そこで、市場で仕入れた野菜を塩漬けにして売り出したところ、良く売れた。


「一杯くれ」


 カウンター越しに声が掛かり、洗い物をしていた八穂は顔を上げた。

 黒い革の胸当てをつけた冒険者風の男だった。やや伸び気味の黒髪に、なぜか既視感のある顔つき。


「はい、どうぞ」

八穂は不思議に思いながら、椀にゆで小豆を注ぎ入れ、木のスプーンを添えて差し出した。


 男は少しの間、じっと椀の中を見つめていたが、おもむろに椀を口に持って行くと、一息に汁を飲み干した。

それから、小豆をスプーンで掻き込むようにして口に流し込むと、空になった椀を差しだした。


「お代わり」


「あ、はい」

あっけにとられて、男の食べっぷりを見ていた八穂は、あわててお代わりを注いだ。


「お口直しにお漬物もどうぞ」

きゅうりの浅漬けを三切れ皿に入れて、カウンターに置いた。


 男は、ハッとしたように皿を見て、八穂を見て、何か言いたそうだったが、ふうと息をついただけで、漬物を一切れ口に入れた。

そしてまた、見るまに椀を空にしてしまうと、また差しだした。


「お代わり」


甘党なんだろうか、八穂は戸惑いながらも、三杯目をカウンターに置いた。


「あれ? ええと。大丈夫ですか?」

八穂が、空になった漬物の皿を持っている男に声をかけた。


 男の目からは一筋、涙が流れていたのだった。


背の高さは、百八十センチ以上はあるだろうか、スレンダーだが、鍛えられていそうな大男が、涙を流しているなんて、ただごととは思えない。


「悪い。変なところ見せたな。つい、懐かしくて」


「懐かしい?」

「ああ、オレの故郷にも、この食べ物があったから」


「そうなんですね」

八穂は、男の顔を見て、まさかと思い立った。


「あいうえお」

八穂は男に言った。


「なんだ?」

「あいうえお、続きは?」


「かきくけこ?」


「さしすせそ、続きは?」

「え? たちつてと」


「なにぬねの!!」


二人は声をそろえて叫んだ。


「やっぱり! 口の動きが合ってる」

八穂は信じられない気持ちで言った。


 神様特典で、言葉が自動翻訳されているため、人と会話をすると、吹き替え映像を見ているように、相手の口の動きと音が合わないことが多かった。

それが、この男の口の動きは、日本語そのものだった。


「まさか、日本人か?」

男は言って、八穂を見た。


「うん、まだ来たばかり。ようやく落ち着いて、仕事を始めたところ」

「そうか、オレは六年になる」


「六年も、こっちに?」

「そう、来た時は高三だった」


「そんな子供の頃に、それは大変だったね」

「まあな。幸い神様特典が戦闘スキルだったから、冒険者で生きてこられた」


「なるほど。私達みたいのは、神隠しって言うらしいよ。冒険者ギルドのギルマスが言ってた」

「知ってる。一応、転移者なのは、冒険者登録した時に報告してある」

「そうなんだ」


「幸い、この国じゃ、転移者も自由にさせてくれてるから、嫌な目に遭うこともないしな」


「そうだね、好きなようにしてるよ」

八穂はうなずいた。


「どうやら、こちらに飛ばされたのは、隣国の勇者だか聖女だか召喚の、とばっちりみたいだし。もし、あちらに飛ばされていたら…‥」

男は、嫌そうに首を振った。


「勇者だか聖女だかに祭り上げられていたかもね」

「確かに」

八穂が言うと、男は肩をすくめた。


七瀬ななせ八穂やほです。よろしく」

八穂は日本人らしく頭を下げた。


九竜くりゅう十矢とうや。よろしく」

十矢も頭を下げ、二人で顔を見合わせて笑った。

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