第16話屋台の開店初日

 屋台の開店当日。

八穂やほは前日煮たゆで小豆の仕上げをしていた。

鍋ごと神様のポーチは入れておけば、できたてのまま保存できるのだが、念のため確認はしておきたかった。


「うん、おいしい」

八穂は軽く火を入れて味の最終確認。初日は大鍋二つ分作ってようすを見ることにしていた。


 リクがキッチンに入って来た。水入れの器からピチャピチャ水を飲んでから、ブルッと顔を振って口元についた水を振り払った。


「リクおはよう、今日から屋台開店だよ」

“リクも行く”

リクが伝えて来た。


「街だよ、たくさん人がいるよ。森とちがってうるさいよ」

“リクも行く。ヤホをまもるから”


「でもね、街じゃリクは大きくなれないよ。猫の大きさのままだと、リクは可愛いからさらわれたりするかも」


“リクは行く”


 言いだしたら聞かない、頑固もののリクだった。八穂はおとなしくしているように言い聞かせて、連れて行くことになった。


 オルツ親方から引き渡された屋台の長さは二メートル近くあるが、神様ポーチに収納できた。

ただし、中央広場で突然ポーチから屋台を出すと人目を引きそうなので、トワの門の手前で出して、自力で引いて行くことにした。


 中央広場、東大通り寄りの端。八穂は出店する場所に早めについた。

初日だということで気持ちが急いていたのもあったし、ワクワクして家に落ち着いていられなかったのだ。


 入り口の石門近くからひいてきた屋台を、定位置に固定してから準備をはじめた。

キッチンまわりを軽くお掃除。魔道具のコンロの上に、ゆで小豆の鍋を乗せて保温状態をキープするように設定し、食器などを準備した。


 ついて来たリクは、カウンタ-の横に出した、小さい丸テーブルのお立ち台に乗って招き猫をしてもらう予定。疲れたら裏に回って、キッチン下の棚で休めるようにもしてあった。


 リクのお立ち台の前には、オルツ親方にサービスで作ってもらった立て看板を置いた。


 看板には八穂の手書きで「ゆであずき」の商品名と「ビンガ豆を甘く煮たスープ」という説明が書かれていた。

八穂は日本語で書いたのだが、おそらく、この世界の言葉に自動翻訳されているはずだ。


 ともかくこれではじめてみて、うまくいかなければ改良していけばいい、ということにした。


 時間が経つにつれて、中央広場には人が増えて、賑やかになってきた。しかし、広場の端に位置する八穂の屋台はあまり人目をひかない。


 仕事前に朝食をとろうとしている人は、甘味よりもお腹にたまるものを求めているのだろう。お目当ての人気屋台を求めて、中心噴水の方に向かって移動して行く。


 ゆで小豆だけでなく、食事になるメニューも考えた方が良さそうだと、八穂は早くも改良点を見つけて、考え込んだ。


 お立ち台に座っているリクが退屈そうに欠伸をしていた。

「見向きもされないね」


 屋台がたくさん出ていて、人通りも多い場所だし、こちらでは珍しい食べ物を売るのだから、興味を持ってくれるお客さんも多いだろうと、気楽に考えていたところがあった。


「甘かったかなぁ」

リクは狭いテーブルの上で、器用に丸まって寝てしまった。


 このまま全然売り上げがないのも不甲斐ない。なんとかお客さんに気づいてもらわなくてはいけない。八穂は屋台のキッチンから出て、近くを通る人に声をかけはじめた。


「おはようございます! おはようございます!」


「ビンガ豆の甘いスープはいかがですか、ゆであずきと言います!」

「珍しい異国の味。甘いビンガ豆、ゆであずき!!」


 仕事開始前の忙しい時間帯ということで、なかなか立ち止まってくれる人は無かったが、時が進んで、客層が変わりはじめた頃に反応があらわれてきた。


「甘いビンガ豆、変わってるね」

「ほんとだ、甘いビンガ豆なんて聞いたことないよ」

買い物籠をさげた女性二人連れが、足を止めてくれた。


「ゆであずきと言います。ビンガ豆をシュガルで煮ています」

八穂が説明すると、シュガルという言葉が興味をひいたようで、互いに目配せしてうなずいた。


「それじゃ 二人分ください」

「ありがとうございます」


 八穂は急いで屋台のキッチン側へまわると、お椀にゆで小豆を注いで、木のスプーンを添えてカウンターに置いた。

「おまたせしました」


はじめてのお客様だ。気に入ってもらえるように感じ良くおもてなししたい。八穂は微笑みながら椀を渡した。


「ほんとだ、ビンガ豆ねぇ」

「どんな味かしら」

屋台の前に立ったまま、女性はスプーンを口に運んだ。


「あら」

二人の顔がほころぶ。


「おいしいじゃない」

「うんうん」


嬉しそうにゆで小豆を食べている女性たちを眺めて、八穂はほっと胸をなでおろした。


「ごちそうさま、甘くて美味しかったわ」

「甘くて、それでも甘すぎないから後味もいいわ」

二人の女性は気にいってくれたようで、少しはしゃぎながら感想を言い合っている。


「ありがとうございます」

八穂はていねいに頭を下げた。

「またお越しください」


 ふう、と息を吐いて八穂は返却された食器を洗った。

甘い物好きな女性たちに受け入れてもらえればいい。朝早くから店を開くよりは、女性が買い物に出てくる時間帯に開店すればいいのかもしれない。


 あれこれ考えていると、見知った声がきこえてきた。

「こんにちは、ヤホ、来たわよ」

冒険者ギルドの受付嬢ミュレだった。


 白いブラスにサロペット風の青いセミロングスカートを着て、長い髪にはピンクの花を挿した華やかな装いだった。


「ミュレ、いらっしゃい」

「開店おめでとう、ヤホ」

「ありがとう


「あら、この子は、この前一緒だった子ね」

お立ち台のテーブルの上で丸くなっているリクを見つけたミュレが、近寄っていった。


「使役獣のリク。屋台の看板猫をしてもらってるの」

「フワフワね」

触りたそうに眺めている。

リクはミュレの視線に気づき、起き上がって伸びをしていた。


背を伸ばして座ると高さは四十センチくらいはあるだろうか、トワにいる普通の猫に比べると、大型なので人目をひく。 


「さわっても大丈夫よ、ね、リク」

八穂が言うと、リクはしかたないなという風に座りなおし、目をつぶった。


「滑らかな手触り」

ミュレに喉元を撫でられると、リクは気持ち良さそうにしながらも、顔を動かして、ちゃっかりと、撫でて欲しい場所にミュレの手を誘導していた。


 しばらくリクの手触りを堪能してから、ミュレは仕事に戻っていった。

その後の客足は、ポツポツといったところだった。


「初日だからこんなものか」

とりあえず、材料費の分は稼げたという程度で、赤字にはならなかったけれど、続けて行くにはもっと工夫が必要だと思った。

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