第15話開店準備

 トントン拍子に屋台の出店が決まり、八穂は準備のため、トワの街を駆け回っていた。


 まず、冒険者ギルドに行って報告。

ミュレは驚いてはいたが、ゆで小豆を売ると言うと喜んでくれた。『薬草摘みの依頼が再開したら続けるのよ』と釘は刺されてしまったが。


 その後、穀物店で店主のおじさんに、ビンガ豆を定期的に購入したいと言って喜ばれ、調味料を商う店でもシュガルの定期購入ということで、多少値段を安くしてもらえることになった。


 次に屋台で使う鍋や食器などを調達に、東大通りにある職人街へ向かった。職人街は西大通りにある職人ギルドを中心とした一帯に広がっている。


 買ったのは、大きめの鍋と、盛り付け用のレードル。小振りの木のお椀、木のスプーン。それと持ち帰り用の陶器の壺も買った。


 どれくらい売れるのか予想がつかないので、ひとまずは様子見だ。お客さんの数によって、必要なら買い足すことにした。


 日本ならホームセンターで一度に買えるのに、この世界のお店は小売店なので、一つの店だけで済まないところが不便だ。いくつもの店を駆け回ってようやく予定していた買い物をすませた。


 荷物はすべて収納量無制限の神様ポーチの中だ。容量の少ないマジックバッグは、まれに持っている人もいるのだが、大量の荷を収納すると驚かれるので、店の外に出てから、人が見ていない時を見計らって収納した。


 いつも身軽でいられるのは助かる。作ったゆで小豆もポーチに入れておけば弱らないし。明日はビンガ豆を煮て、あさってには開店できるかなと考えた。


八穂は、神様特典をくれた至高神エリーネ様に感謝しつつ、中央広場へ向かった。

お腹もすいてきたので、広場でお昼ご飯を食べて、ほかの屋台も見て、何か忘れ物はないか確認しようと考えたのだ。


「あっ」

職人街のある西大通りから中央広場に出たところで八穂の足が止まった。

「あ、あああああ」

両手で口を塞ぎ、自分の叫び声が上がるのをさえぎった。


なんてこと、八穂はあわててクルリと方向を変えて職人街へ戻って行く。

近くにいた通行人が何事かと八穂を見ていたが、彼女はそれに頓着することなく走って行った。


「私って……バカ。注文してた屋台の確認忘れてた」


 声を出して言うと、自分の間抜けさが際立ってくる。

鍋があっても、食器があっても、屋台自体がなければ営業できないじゃない。


かんじんの屋台そのものについては、商業ギルドで職員のシュルツさんに紹介してもらって、作成依頼をしていた。


 すぐに受け渡しできる中古やレンタルの屋台もあったのだが、八穂は使いやすさを優先して新しく作ってもらうことにした。


 八穂が制作依頼した木工職人オルツ親方の店に駆け込むと、ちょうど親方が屋台の制作をしているところだった。


 普通の屋台は、下に移動用の車輪がついた屋根のないカウンター風の作りだが、八穂は日本のラーメン屋台などのイメージで、屋根をつけた四角い部屋にして、真ん中に立って作業するようにしてもらった。


トワにはない作りなので説明するのにだいぶ苦労したが、さすがプロの職人、新しい技術を得るチャンスだと、制作依頼を受けてもらえることになった。


「おう、ヤホ嬢ちゃんか」

親方が布で汗を拭いながら振り向いた。


「こんにちは、オルツ親方、進み具合はどうですか」

「いま、できあがったとこだ。こんなもんでどうだ」


「はやいですね。まだ予定の半分しかたってないのに」

「いやあ、はじめて作る形だからよ、つい面白くてはかどってな」

親方は少し得意そうな顔で言った。


「言われた通り造ったけど、屋根の形がよ、こんなんでいいのか?」

中央の厨房部分の上を被うように三角の屋根があり、四本の柱で、下のカウンター部分と繋がっていた。

「いいですね。イメージ通り」

「んで、カウンター部分だが、こうして引き出せるようにした。使わない時は邪魔にならないと思う」

厨房部分の周りを囲んでいる狭い木枠が、倍の幅に伸びて、カウンターになるようだった。

「いいですね。私が考えたのよりずっといい」

八穂が嬉しそうに何度もうなずくと、親方も満足そうに笑った。


「で、どうする。洗い物ができるように流しはつけたけど、水はどこから引く? 少し高くなるけど、水流と排水の魔道具をつけた方が便利だと思うが」

「そうか、そうですね、コンロを使うのに火の魔道具はつけてもらったけど、洗い物のことは忘れてた。ぜひお願いします」

「そうか、それじゃ、あと三日待ってくれ。三日後には渡せるようにする」


こうして、八穂の屋台の開店準備は、進んで行くのだった。

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