第19話ダンジョンの兆し

  ある日の午後、ミュレから、冒険者ギルドからの伝言を伝えられた八穂やほは、屋台を早じまいして、冒険者ギルドへおもむいた。


  案内されたのは、以前も来たことがあるギルマスの執務室で、トワの市長であるネルル・トワ男爵と、秘書のエルマン氏、そして『ソールの剣』のメンバーに、十矢とうやもいた。


 

「よし、そろったな。今日集まってもらったのは、例のエビルボアの件だ」

ギルド長のダグラスは、全員が腰を下ろしたのを見て、切り出した。


 エビルボアの件というのは、先日、八穂の家があるイルアの森、魔獣などがいない安全な森のはずだったのだが、孤児院の子供達のパーティ『トワの未来』のメンバーが、エビルボアらしい魔獣に襲われたことだった。


 依頼によって『ソールの剣』などが、森の調査に当たっていたのだが、その後どうなったのかは、八穂は知らなかった。


「まずは、調査した本人達からの報告を聞こうか。南のガヤの森を調査したトーヤから頼む」

ギルド長が顔を向けると、十矢が立ち上がった」


「オレはエビルボアの主な生息地、ガヤの森を調査したんだが。特に変わったようすはなかったな。こっちの森に移動しているとしたら、なにかもっと強い魔獣が現れて、追われて移動した可能性があると考えたんだが、あの森では、エビルボアが最上位で、それ以上の魔獣には出会わなかった」


「なるほど、ガヤの森が原因ということは無さそうか」

「たぶん、三 せつほど歩きまわった限りだけど、一応最奥まで行っても、平和なもんだったよ」


「わかった。世話かけたな」

ギルト長はトルティンの方を向いて言った。

「それじゃ『ソールの剣』の方はどうだ」


『ソールの剣』のリーダー、トルティンが立ち上がった。

「ええと、イルアの森のトワ側の入口付近は、特に問題は無かった。あれ以来、魔獣の目撃情報もないし、ああ、ヤホちゃんの家も確認したよ。森のなかの空地に、ポツンとあって目立つったら」


「はあ、どうも」

八穂はなんと答えていいのかわからなくて、言葉をにごした。


「ヤホちゃんの家から、十五分かそこら歩いたところが、土地が盛り上がって崖のようになっていて、人間一人がやっと通れるか通れないかというくらいの亀裂が入っていた」


「そこに何かあったのか?」

トワ男爵が身を乗り出すようにして聞いた。


「その隙間から,小鬼ゴブリンだな、あれは」

「いたのか?」

「はい、見たのは三匹。俺の腰くらいの背丈の、緑色のヤツらだった。立木の影から出て来て、亀裂の中へ消えて行った」


「どういうことだ?」

トワ男爵は、ギルド長の方を向いて聞いた。


ギルド長は下を向いて腕組みをしていたが、男爵の言葉に顔を上げた。

「嫌な予感がするな、もしかして……」


「ダンジョンができかけているか?」

十矢が言った。


「ダンジョンだって!」

男爵は、あわててたように叫んだ。


「そう、オレは、北部の山で見たことがある。崖や山肌などにできる狭い亀裂や、小さな穴などがダンジョンの兆候ちょうこうと言われている。魔素が凝縮して、地中にダンジョンのコアが生まれると言われているな」


 十矢の言葉に、トワ男爵は、ふうっと息をはいた。

「そうなると、管理が大変になるな」


 この世界には、地球にはない魔素という、目に見えない物質があると言われている。

それは魔術が発動するために必要なものであるが、それがけものの体に蓄積されることで。魔獣といわれるモンスターに変化するという。


 普通のけものは、少しは凶暴なものもいるが、一般に、こちらから危害を加えなければ、積極的に襲ってくることはない。

そして、相手の力量を本能で見極め、相手が強ければ逃げ出すし、弱ければ餌として狩るが、満腹なら襲うことはない。


 しかし、魔獣は、その強さに関係なく、必ず攻撃してくる。目に入ったものは、何でも破戒しないではいられない本能を持っているのだ。


 そして、ダンジョンに生まれるのは、魔獣の方だ。

ダンジョンは、不思議な空間で、まだ解明されていないことが多い。


 内部で倒された魔獣は、魔素に戻り霧散むさんして、まれにドロップ品が残る。

人間が死亡した場合は霧散することはないが、三十分もするとダンジョンに吸収され、消えててしまうという。


 ただし、ダンジョン内に生える植物、木実や茸などは消えることがないので、外に持ち出すことが可能だ。ダンジョン産の野草や果物などは、高値で取引されている。


 ダンジョンの外では、魔獣も人間も死体は残るし、ドロップ品などという不思議な物は落ちることはない。その代わり、魔獣の中には、食肉として食べられるものも多い。


「もう少し様子を見る必要があるが、ある日突然亀裂が広がって、魔獣があふれ出す可能性もある。警戒が必要だ」

ギルマスは言って、『ソールの剣』の方を見た。


「オレたちですか?」

トルティンが親指で自分の胸を差した。

「うん、頼む。依頼だ。亀裂と周辺を集中的に警戒していてくれ」


それから、十矢に向き合って、続けた。

「トーヤはトワのギルド所属じゃないが、この際手伝ってもらえるか?」

「ああ、わかった。もともとこっちに拠点を移すかと、考えてたしな」


「それはありがたい、Aランク冒険者なんて、このあたりにはいないから、助かるよ」

十矢はうなずいた。

「王都の生活は目まぐるしくてね。どこかのんびり暮らせるところがあればと考えていたところだったから。こっちは住みやすそうだ」


「よし、ひとまずこれでいいか。男爵、何かありますか」

ギルド長が、トワ男爵を振り向くと、男爵はうなずいた。


「そうだな、ダンジョンだと確定したら、国への報告が必要だ。それは私の方でやるとして、人が集まってくるはずだから、ダンジョン周辺の整備が必要になる。予算が必要だな」

トワ男爵は、後を振り返って、秘書のエルマンを見た。


「かしこまりました、早急に手配します」

エルマンは軽く頭を下げると、続けた。

「兵士に警備させた方がよろしいですか」


「ひとまず、森への人の出入りだけ監視してもらおうか。依頼を受けた冒険者以外は、当面立ち入り禁止ということで」

「わかりました」


「あの、私も立ち入り禁止ですか? 森に家があるのですけれど」

八穂がおずおず切り出した。


「君は? ああ、この前の神隠しの?」

「ええ、そうです」


「そういえば、後でくわしい話を聞きたいと思っていたんだが、そのままになってたな」

ギルマスが言って、十矢を見た。

ギルドも十矢の出自は、把握しているらしい。


「同郷だ」

十矢は言って、八穂を振り返った。

「そのようです」


「なるほど、そんな偶然もあるものなんだ」

トワ男爵は興味深そうに言った。


「今のところは、ヤホちゃんの家周辺には異常がないんだから、大丈夫じゃないかな」

トルティンが口添えしてくれた。


「なるほど、それでは、兵士たちは、森の入口付近に加えて、ヤホ嬢の自宅より先にも配置させよう。それなら、万が一魔獣が出ても、事前に対処できる」

トワ男爵は言って、再びエルマンを振り返った。


「かしこまりました」

男爵が何も言わなくとも、エルマンには通じるらしい。

承諾の返事だけすると、何やら手元の手帳に書き込んでいた。

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