第13話冒険者ギルドで報告

 『トワの未来』の子供たちを冒険者ギルドまで送った八穂やほは、ミュレに魔獣の件を説明した。

「どうして魔獣なんかイルアの森にいたんだろうね」

ミュレは首をかしげた。


「確か危険な獣はいないってことだったよね」

「そう、何十年も前から、魔獣の記録なんて無いし」

「環境の変化とか、他の森から移動してきたとかかな」

考えても、子供達が遭遇した事実は変わらない。


とりあえず上に報告してくるから、少し待っててね」

ミュレは言ってカウンターの奥へ歩いていった。


 八穂はベンチに腰掛けて、ぼんやりと待っていた。

安全だと言われているイルアの森が危険になったとしたら、八穂が家に住み続けられるのか心配だった。神様特典のこともあるから、家を放棄して他に住むなんて考えられなかった。


「あら、こんにちは、ヤホ」

声がかかって顔をあげると『ソールの剣』の魔術師ミーニャだった。うしろに剣士のトルティンとシーフのラングもいた。


「こんにちは、ミーニャ。トルティンさん、ラングさんも、こんにちは」

「やあ、ヤホちゃんだったね、よろしくね」

「ヤホさん、こんにちは」

トルティンとラングとも挨拶を返した。


「みなさん、どうなさったんですか、依頼にしては時間が中途半端ですね」

八穂が尋ねるとミーニャが肩をすくめた。

「きょうは休暇のはずだったけど、呼び出されちゃったのよね」


「あら、高ランクパーティになると、そんなこともあるんですねえ」

「もしかして、ヤホちゃんも呼び出しとか」

話していると、ミュレが奥から走ってきた。


「みなさん、お揃いですね、『ソールの剣』の皆さんとヤホさん。ギルマスがお呼びです。ご案内しますね」

ミュレは先に立って、一行を二階にあるギルドマスターの執務室へ案内した。


 執務室は飾り気のない事務室という感じだった。素朴な木の机の前に座っているのがギルマスだろう。背が高く細身で厳格そうな、強い眼差しをしていた。


 部屋の真ん中にはテーブルとソファの、応接セットがあって、そこに二人の男性が座っていた。


「ギルマス、『ソールの剣』の皆さんとヤホさんをご案内しました」

ミュレが告げた。


「ご苦労」

ギルマスは答えて、八穂たちに向き直った。

「ギルドマスターのダグラスだ。わざわざ来てもらって悪かったね」


「いえ、緊急事態ですか?」

トルティンが聞くと、ギルマスはうなずいた。。


「まずは、こちらのお二方を紹介しよう。トワの市長、そして周辺地域トワールの領主でもあるネルル・トワ男爵様と秘書のエルマン氏だ」

「ネルル・トワ男爵だ、よろしく頼む」

光沢のある黒いスーツを着た中肉中背の男性は、ソファに掛けたままにこやかに目礼した。

「はじめまして」

彼の背後に立っているエルマン氏は、落ち着いた口調で丁寧にお辞儀した。


「トワ男爵がたは別件でおいでだったんだが、事が事だけに同席していただいた。ひとまず、みんな座ってくれ」

立っていた者たちがそれぞれ近くのソファに座ったのを確認すると、ギルマスが説明をはじめた。


「イルアの森に魔獣らしいものが出た。Eランクパーティ『トワの未来』の子供たちが遭遇して、逃げていたところ、ヤホ嬢が保護した」


「なんてこと」

ミーニャが息を呑んだ。


ギルマスは、ミーニャに軽くうなずいてみせてから続けた。

「『トワの未来』は十歳過ぎの子供たちのパーティなので、彼らからも話を聞きたいところだったが、ショックが大きいようだったから帰した。かわりにヤホ、状況の説明をたのむ」


「はい」

八穂は少し体を浮かせて、浅く座り直してから話しはじめた。


「私がイルアの森で薬草摘みをしていたら、血相を変えた彼らが走ってきました。曲がった牙のある、イノシシのような獣に追われたと」


「曲がった牙のイノシシ、エビルボアか」

トルティンがつぶやいた。


「それなら、南のガヤの森にいるはず」

ラングが答えると、聞きとがめたトワ男爵が質問した。

「どういうことだ」


「はい、森に出たのがエビルボアなら、南のガヤの森に住む魔獣です。ガヤは豊かな森で、そこに住む獣はガヤの森の中だけで生きていけるので、外へ出ることは、まず無いはずなのですが。それがイルアの森に移動しているとしたら」

トルティンの説明にギルド長が続けた。

「ガヤの森で何かあったのかもしれないな」


「なるほど。ヤホ嬢、状況説明を続けてくれたまえ」

トワ男爵が腕を組む。


「子供達を保護した時に聞いた話だけで、私は実際に魔獣の姿は見ていません。魔獣が真っ直ぐに追ってきて、追いつかれそうになった時、偶然横道にそれたら、魔獣はそのまま直進して行ってしまったようです」


「ああ、エビルボアは興奮して走り出したら周りが見えなくなるから」

トルティンが納得したようにうなずいた。

「不幸中の幸いだったね」

「そうだけど、ラング。でも、ひとつ間違ったら、今頃大事件よ」

ミーニャが首を振った。


「個人的なことですが、イルアの森が危険だと、私の家が危険ということなので…… なんとか解決するといいのですが」

八穂が少し遠慮がちに言うと、ギルマスが驚いて聞いてきた。


「ヤホ嬢の住まいは、イルアの森にあるのか?」

「そうです。トワからだと歩いて十五分くらいのところですが」


「なんでまた、あんなところに家を建てたんだ」

トルティンが呆れて叫んだ。

トワ男爵はじめ、他の面々も、何とも言えない、奇妙な雰囲気で八穂を見ていた。


「ええと、不可抗力というか、気がついたらそこに家があったというか、そんな感じです」

そんなに驚くほどおかしいことだったのか、この世界に来て間もない八穂にはわからないことなので、どう言えばいいのか困った。


「ヤホ嬢は遠国から来たばかりだと、ミュレに聞いたが、まだこのあたりのことを知らなくてもしかたがない」

ギルマスの説明に、八穂はうなずいた。


「もしかして」

何か考え込んでいたトワ男爵が口を開いた。

「もしかして、ヤホ嬢は神隠しにあったのではないか」

「神隠し、ですか」


「さよう、普通に生活している普通の人が、ある日突然消えて、全然別の場所に移されてしまうことがあるらしい。同じエリーネル内の事もあるし、別の世界であることもあるという。あまり知られてはいないが、我が領の古い記録にも何件か残っているし、現に、国内には何人か、知られている者がいる」


 八穂はここで隠してもしかたがないかと考えて、特に秘密にしておけと言われているわけでもないし、正直に話してしまおうと思った。


「実は、気がついたら家ごと森にいて、初めはどうなってるのかわからず、混乱したのですが、今は落ち着いてきたので、なんとかここで生活していこうとしているところです」


「なるほど、神が移転させたなら」

トワ男爵は、首をふった。


「ヤホ嬢の件は後でくわしく聞きたいが、今は魔獣の方が先だな」

ギルマスは手であごを撫でながら、『ソールの剣』の方へ向き直った。


「当面は薬草摘みの依頼は停止。森の調査だが、イルアの森の調査は、君たちに依頼したい。カテリーに指示を出しておく。ガヤの森の方は、誰か他の冒険者に頼むことになるだろう。トワ男爵様もそれでよろしいでしょうか」


「良いだろう。私の方でも領内の騎士に警戒させよう」

トワ男爵は言って、秘書のエルマンに視線を移す。エルマンは男爵言葉がなくても理解したのか、胸に手を当てて了承の意を返した。


「それではひとまず解散だ」

「わかりました、お先失礼します」

八穂たちは挨拶して執務室を出た。

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