第12話薬草摘み

 八穂やほは久しぶりに、リクと薬草摘みに出た。

アルテモ草は浅い傷や気分が悪い時など、軽い症状を緩和してくれるポーションの材料になる。


 冒険者にとってポーションは、携帯必須なアイテムなのだが、なにしろ八穂は薬草摘みしかできない冒険者なので、いまのところ飲んだことはない。


やっぱりヨモギだよね。


 八穂はアルテモ草の香りをかいだ。香りも八穂が知っているヨモギに似ている。ただ三十センチくらいあるアルテモ草の方が、背が高い。


もしかして、ヨモギも育つとこれくらい大きくなったのかな。八穂は考えながら、茎二センチほど残して、ナイフで切っては腰のポーチへ入れて行った。


リクは風に揺れる低い木の枝に飛びついたり、急に駆けだしたり。下生えの草にじゃれついたり、何が楽しいのか、ひとり遊びを満喫していた。


「リク、少し休憩にしよう。おやつ持って来たよ」

八穂が声をかけると、リクが嬉しそうに駆け寄ってくる。シッポがピンと立ち、先がフルフル揺れているので、期待に満ちているようすだ。


“おやつ、おやつ”

リクの期待に満ちた思惑が伝わってきた。


「昨日ね、冷凍庫にあったマグロの切り身を煮たんだけど、リク用に水煮にもしたから持って来てみた」


 八穂がポーチから四角いシール容器を取り出して、リクの前に置いた。リクが一口で食べられるように小さい角切りにし、味付けなしで煮たもの。煮たというよりは茹でたと言うのが正しいのか。

ゆで汁も少し入れてきたので、リクは美味しそうにピチャピチャ音をたてて食べている。


 八穂は切り株に腰掛けて果実水を飲んだ。実は果実水はトワで買ったものではなく、冷蔵庫に入れてあった百パーセントみかんジュースを、水で割ったもの。大きめの水筒にタップリ持って来たので、水分補給はバッチリだ。

リク用には、食べ終わったシール容器をゆすいで、持って来ていた水道水を注いでやった。


その時、リクが、体をビクッとさせて警戒した。

長いシッポは揺れるのを止め、体を地面に伏せて、そっと視線を動かしてあたりを見回している。


「急げ、追いつかれるぞ」

「待ってよ、待って」

慌ただしい足音と、叫ぶ声が聞こえた。


 八穂が声のする方を見ると、木立の間から子供四人飛び込んできた。

「ダン、ジル」

以前一緒に薬草摘みをしたパーティー『トワの未来』の子供たちだった。


「ヤホか、逃げろ、魔獣だ」

ダンが叫んだ。


「魔獣よ、見たことない獣」

ミルワの手を引いて走ってきたジルが、息を切らしながら言った。


「この森は安全だったはずなのに、何が起こったんだ」

少し遅れて走ってきたヨハンが、膝に手を突いて腰を屈め、息を整えていた。


「みんな、とにかく、こっちへ、近くに私の家があるから行きましょう」

八穂は息を吐くと、子供達にあわてた姿を見せないように声をかけた。


「猫だ」

ミルワがリクに気づいて、不思議そうにつぶやいた。

「この子は私の使役獣だから大丈夫」

八穂は言って、子供たちを家に連れ帰った。


 八穂は『トワの未来』の四人を、茶の間に案内すると、座るように言って座布団をすすめた。

 彼らは、はじめてみる畳の部屋に戸惑ったようだったが、黙って言われた通りに腰をおろした。


 戸棚からカップを出し、果実水を配った。のどが乾いていたのだろう子供達がみる間にカップを空にするのを見て  二杯目を注いでやる。


「落ち着いたかな」

八穂が聞くと、子供達はコクコクうなずいた。


「落ち着いたら話を聞かせてくれるかな」

八穂がうながすと、ハアッとため息をついてダンが話しはじめた。


「オレたち、いつものように、薬草摘みをしていたんだ。入り口の石門からすぐの場所だ。そしたら、バサバサって木から鳥が飛ぶ音がして、豚か、イノシシかも、口の端にぐるっと曲がったキバがある獣が、向かって来た」

ジルとミルは、恐怖を思い出したのだろう、手を繋いでおびえたように身を寄せている。


「オレの背丈くらいあって、でっかくて、ものすごい速さで、オレたち逃げたんだけど、すぐ追いつかれて。でも、なんか真っ直ぐにしか走れないみたいで、オレたちが横道にそれて逃げたら、なんとか逃げられた」


「だけど、いつ向きを変えて追ってくるか、わかんないから、必死で走ったよ」

ヨハンも身震いする。


 まだ十歳を越えたばかりの子供が、森にいるはずのない魔獣に出会ってしまったのだから、それは恐怖だったろう。

八穂だったとしても、どうしていいのかわからなかったと思う。


「よく頑張って逃げてきたね、みんな。それより、お腹空いてない? 待ってて、何か作るから。休んでて」

八穂は言ってキッチンに立った。


 ジャガイモと人参、玉ねぎを、早く火が通るように粗みじんに切ってオリーブオイルで炒め鍋に入れる。材料が被るように水をいれて火にかけ、沸騰したらコンソメキューブを投入。

あとは材料が柔らかくなるまで煮て、塩コショウで味を調える。子供たち用なので、コショウは控え目。


 野菜スープを煮込んでいる間に、冷凍庫にあったご飯を温めて、小振りな塩のお握りを、たくさん作った。


「さあ、できた。簡単なものだけど遠慮無く食べて」

八穂はテーブルの真ん中に塩握りの皿を置くと、あたたかい野菜スープをカップにたっぷり注いでいく。


「お皿にある三角のは、おにぎりって言うの。そのまま手で持って食べてもいいし、スープに入れてくずして食べてもいいよ」

八穂が説明すると、子供達は興味深そうにテーブルの上の料理を眺めた。


「おにぎり、はじめて見る」

ジルは、おそるおる手を伸ばしてお握りを取り、口に運んだ。

「不思議な味。でも噛むと甘いわ」


「スープもうまい」

ヨハンがスプーンの手を早めると、ミルワも同意する。

「おいしいね、ちょっとピリッとするのは、はじめてだけど、おいしい」


「おー スープにおにぎりを入れてみな。もっとうまい」

ダンはスプーンでかきこむようにして食べていた。

食べているうちに子供たちの恐怖が薄れて来ているようで、八穂はホッとした。


 バタンとドアが開く気配がして、茶の間にリクが入って来た。


“まじゅう、こっちへ来てない。近くにいない”


「リク、ありがとう」

周辺を確認してくれたリクにお礼を言って、背中をなでる。リクは疲れたのだろう、そのままリク専用空き箱に入って丸くなった。


「みんな、食べ終わったら、遅くならないうちに街まで送っていくね」

八穂は子供たちに声をかけて、食べ終わった食器を片付けにキッチンに向かった。


しばらくして、『トワの未来』の四人と八穂は、家の外に出た。寝ていたリクも起き出して一緒について来てくれた。


「もう、魔獣いないかな」

一番年下のミルワが、恐る恐る森を見ている。だいぶ落ち着いたとはいえ、魔獣に追いかけられた恐怖はまだ残っているようだ。


 横にいたジルが元気づけるように、ミルワと手を繋いだ。

「だいじょうぶ、オレたちがいるよ」

ダンが腰のナイフに手をやる。

ヨハンは少し不安そうだったが、何も言わずにうなずいた。


「さっき使役獣のリクに、あたりを調べてもらったら、近くに気配はないみたい」

八穂が足下のリクを差しながら答えると、四人とも少し安心したようだった。

「だから、今のうちに戻ろうね」

八穂は言って四人を促しトワの街へ向かった」

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