第11話試食

夕刻、冒険者ギルド近くの食堂で、八穂やほは、仲良くなった、冒険者ギルドの受付嬢、ミュレと向かい合っていた。

テーブルには紅茶のカップと、ビンガ豆の塩ゆでが置いてあった。


「塩ゆでも、なかなか行けるね」

八穂はうなずいて、木のスプーンで豆をすくっては口に入れていた。


「豆が好きなの?」

ミュレは呆れたように、八穂を見た。


「塩ゆでビンガ豆は、酒飲みの食べ物よ。紅茶には合わないと思うけど。私はスープに入れた方が好きだわ」


「そうなの?」

八穂はミュレを見て、空っぽになった皿を押しやった。


「実はね」

八穂はミュレの方へ身を乗り出すと、ポーチから小さな陶器の壺を出した。


 まさかこの世界にないシール容器を持ってくるわけにはいかないので、卓上で梅干し入れに使っていた茶色い壺に入れてきたのだ。


「これ、私の国の食べ物なんだけど、感想を聞かせて欲しい」

「へえ、興味あるわ、食べてみる」

ミュレは壺の中身を覗いてから、中身をスプーンですくった。


「これ、豆のスープ、ビンガ豆よね」

八穂は黙ってうなずいた。


「え、甘い」

豆を口にいれて飲みこんで、ミュレは、目を丸くした。。


 まさか豆のスープが甘いとは思わなかったのだろう、壺の中の豆をまじまじ眺めてから、視線で八穂に説明を求めた。


「これは、ゆで小豆という、私の国の甘味。ビンガ豆が小豆に似てたから、もしかしてと思って作ってみたんだけど。どうかなと思って、お口に合うかな」


 ミュレはさらに甘い豆を口に運びながら、うんうんと、首を縦に振った。

「甘いビンガ豆ははじめて食べるから驚いたけど、私は好きよ。おいしい」

「そう、良かった」


「ビンガ豆にこういう食べ方があるなんて,、知らなかったわ。でも食べた人は驚くわね。塩味だと思って食べたら甘いんだもの」

驚いた張本人であるミュレは笑って、持っていたスプーンを置いた。


「ねえ、この、ゆだあずき? もらって行ってもいいかな? 子供達にも食べさせたいわ」


「ゆ・で・あ・ず・き」

八穂は訂正してから、続けた。


「もちろん、食べさせてあげて、家に帰ればもっとあるから、また持ってくる」

「うれしい、お願い。お代は払うわ」

「気に入ってもらえて嬉しい。代金なんていらないけど、明日持ってくる」


 八穂は帰りに雑貨店に寄って、少し大きめの壺を二つと、木のスプーンを数本、それから、壺を入れて持ち運びするための手提げ袋を二枚買って帰宅した。


 冷蔵庫に入れてあったゆで小豆を、二つの壺に移して準備した。

ゆで小豆はまた作ればいいから、ひとつはミュレにあげて、もう一つは冒険者ギルドの職員さんへの差し入れにしようと考えた。


 翌日、八穂はいつもより少し遅めに冒険者ギルドに向かった。早い時間だと依頼を受ける冒険者たちで混んでいるからだ。


 冒険者が依頼を受けて出払ったあとは閑散としていた。

「ミュレ、持って来たよ」

ゆで小豆を入れた壺を、手提げ袋ごと渡した。


「こんなにたくさん、いいの?」

「うん、ビンガ豆なんて安いものだし、子供たちに食べさせてあげて」


「ありがとう、昨日もらって行ったゆで小豆は、子供達が競って食べて、見る間になくなっちゃったわ」

「あはは、今日はご主人の分も残るといいね」」


「そうね、無理かも。ありがとう、今度何かでお返しするね」

ミュレは嬉しそうに、手提げ袋を足下の棚に隠した。


「ねえ、ミュレ、それ何?」

隣に座っている受付嬢のカテリーが、目ざとく見つけて聞いてきた。

ミュレよりも年下の可愛い系美人で、十代後半というところだろうか。冒険者の男性たちには人気が高い。


ミュレも親しみやすい感じの美形なのだが、彼女は夫のテール一筋なので、頼りになる姉御という扱いのようだ。


「あ、ギルドの皆さんの分もあるよ」

八穂はもう一つの壺と木のプーンを手提げ袋から出して、カウンターの上に置いた。

「少しずつしかないけど、みんなで分けて食べて」


カテリーは壺のフタを開けて、中をのぞき込んだ。

「なにこれ? 豆だわ」

がっかりしたようにフタを戻した


「カテリーは、ビンガ豆嫌い?」

ミュレが笑う。

「あまり……」


 ミュレは紅茶のカップを持って来て、壺の中身を少しだけよそうと、カテリーに差し出した。

「ものは試しよ、食べてみなさいな」


「うーん」

カテリーは、気が進まなそうに、豆を口に入れた。


「何これ、何これ、何これ、何これ、豆が甘いなんて反則よ!」

豆を飲み込みもしないうちに叫びだしたカテリーに、八穂とミュレは、目を見合わせた。


「おどろいた?」

ミュレはカテリーの背に手をまわしてなだめる。

「ええ、まさか甘いとは思わなくて、あ、おかわりください」

カテリーはカップを差し出して、ミュレに催促した。


「そうよね、私もはじめて食べた時は驚いたわ」

今度はゆで小豆をカップに半分ほど入れて、カテリーに差し出しながら、ミュレは八穂に言って笑った。

「カテリーも、気にいったみたいよ」


「良かった、残りは他の職員さんにも、試食してもらってね。後で感想をもらえると嬉しい」

八穂は言って、空になった手提げ袋を、ポーチにしまった。


「それじゃ、いつまでも邪魔しちゃ悪いから帰るわね。また来る」

八穂は手を振って、ギルドを後にした。


ミュレやカテリーの反応を見て、八穂は少し考えていたことがあった。

このまま冒険者ギルドの依頼を受けて行くのもいいけれど、自分はとても冒険者としてランクを上げていくのは向いていないと思う。


 危険のない森で薬草摘みをするだけで生活するということは、確かにできるのだけれど、それだけじゃ面白くない。


 日本では派遣OLで、仕事は嫌じゃなかったけど、楽しいとは思わなかった。

せっかく新しい環境で生きられるのだから、やり甲斐というか、やる気というか、働いていて楽しいと感じられることを、したいと思った。


 そこで今回のゆで小豆だ。

自分が好きで作った物を食べてくれた人が、驚いたり、喜んだりするのを見ていて、やる気が湧いてきた。楽しいと思った。嬉しかった。


 大変かもしれないけれど、広場で屋台を出せないかなと考えていた。

八穂の作る料理は、日本ではありふれた田舎の家庭料理だ。でも、トワの人にとっては初めての味になるだろう。


 あまりこの世界の食文化を乱してしまうようではダメかもしれないが、おいしいものが増えるなら、いいのではないかと思っていた。


 これから調べなくちゃらなないこと、準備すること、たくさんありそうだけど、まずは第一歩。はじめてみようと考えた。

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