第10話ゆで小豆

 八穂やほは、トワの穀物屋で買って来た、小豆に似たビンガ豆で、ゆで小豆を作ってみようと準備していた。

トワでは塩茹でにするとのことだが、八穂はやはり甘い小豆が食べたかった。


 この世界では砂糖が貴重品なのかもしれないと、調味料などを扱っている店に行ってみた。ここでの甘味にはシュガルという糖蜜のような液体を使うらしい。


 メイリン王国の北部で栽培されている、シュガと言う野菜を加工して作るらしいのだが、話を聞くところによると、シュガは甜菜てんさいのようなものかなと推測した。


高級品ではあるが、庶民の手が出ないというほどではなく、少し頑張れば買えるくらいだそうだ。他に、蜂蜜や楓糖なども使われているという。


 八穂の家には、日本から移転してきた時に一緒に渡ってきた、きび砂糖があるのだが、せっかくこの世界の豆で煮るのだから、砂糖もこの世界のを使おうと考えて、調味料の店でシュガルと塩も購入していた。


「にゃーん」

リクが、体に葉っぱをくっつけて入って来た。外から戻ってきたのだろう。

薬草摘みに連れて行って以来、リクは時々家を抜け出して、外へ遊びに行くようになった。自分で玄関のドアを開けられるので、ダメと言っても勝手に出てしまう。


 冒険者ギルドのミュレに言われた通りに、使役獣用の首輪を買った。最初は嫌がっていたのだが、今は馴れて気に入っているように見える。


 金色のチェーンのネックレスで、しずく型のチャームに名前が彫ってある。首の太さによってフィットするような魔術がかかっている魔道具だ。


 大金貨一枚と高かったので、八穂は迷ったのだが、神獣ドウンになって巨大化した時に、千切れてしまう可能性があるということで、神様がポーチに入れてくれていたお金で支払った。


「リク、体に葉っぱがついてるよ、森へ行って来たの?」

八穂は、葉っぱをとってやりながら言った。


 リクは聞いているのか、いないのか、八穂を見上げたたけで、何の反応も見せなかった。

「薬草摘みの冒険者に迷惑かけないようにね」


 リクは八穂の言葉を無視して、おもむろにテーブルの上に飛び上がり、ビンガ豆の入っている布袋に、鼻を突っ込んだ。


「リク、テーブルに乗っちゃダメ」


 八穂は叱るが、リクは気にしたようすもない。ひもで結わえてある袋の入り口に、マズルをグリグリ差し込んで、ひもを解いてしまった。


 布袋が倒れて、赤紫のビンガ豆がこぼれた。

豆の匂いを嗅いだリクは、なんだ、食べものじゃないのか、とでも言うように、鼻先でフンと息を吹きかけて、残念そうにテーブルから飛び降りた。


「リクの食べ物じゃないけど、私の食べ物だよ」

八穂は仕方ないと言うように、テーブルにばら撒かれたビンガ豆をすくい、ボウルに入れて行った。


「これからお料理するから、リクは、じゃ……茶の間で休んでいて」


 邪魔だから、と言いかけて、八穂は口ごもった。こっちの世界に来てから、リクの言いたいことがわかるようになったので、ご機嫌を損ねると、むくれて後が大変だ。


 リクは、食べものでは無さそうだと理解したのだろう、シッポをゆさゆさ揺らしながら歩いて行ってしまった。


 八穂はため息をひとつ。計ったビンガ豆をシンクに運んで、水で洗った。手で軽くかき混ぜながらホコリなどを落とし、いったんザルに上げ水気を切っておいた。


 それから、大きめの鍋を出して、ガス台に置き、ビンガ豆を入れ、ヒタヒタの水も入れて火をつけた。


 自宅の中だけは、日本にいた時と同じように、電気もガスも水道も使えるという、不思議な神様特典によって、自宅内での生活は、これまでと、ほとんど変わりがなかった。


 浮かんでくるアクを、時々すくいながら、鍋が沸騰するまで茹でる。沸騰したらカップ二杯くらいの差し水をして、さらに茹で、再び沸騰したら火を止める。


 豆をザルに移して、最初のゆで汁は捨てる。このゆで汁には豆のアクが溶けているので使わない。


 もういちど豆を鍋に戻し、水を入れて火かけて、再び沸騰させる。お湯の中で豆が踊って外皮が破れないように、火加減を調整しながら、豆が柔らかくなるまで茹でていく。


 豆を茹でている間、八穂は暇なので、焦げ付かないように見張りながら、使った器具を洗い、テ-ブルにこぼれた水を布巾で拭いた。


 ふふーん ふふふふ-んと、自然と鼻歌がもれ、軽くステップを踏んだりして、ご機嫌だ。やはり甘い物には心がおどるようだ。


 途中で豆の固さを確認して、ゆで汁が蒸発して少なくなっていたので、少し足し水をした。

固い大豆ほどじゃないけれど、ビンガ豆も柔らかくなるまで時間がかかる。一時間半くらい茹でて、指で潰せるくらいに柔らかくなったら、次は味つけだ。


 使い慣れたきび砂糖と違い、シュガルは液状なので、どれくらいの量を入れたらいいのか手探りだった。少しずつ加えながら味をみて行く。


 好みよりも若干控えめな甘さにして、塩をひとつまみ加え、焦げないように、時々やさしくかき混ぜながら煮詰めて行く。


 どうしようかな、と八穂は少し迷った。ゆで汁を少し残してお汁粉のようにして食べるのもいいし、餡子のように煮詰めてしまってもいいし、どちらも捨てがたい。


 今回はお汁粉風で行くか。確かお餅の残りが冷凍庫にあったはず。お餅をいれて食べたら美味しいよねと、決めると、八穂は火を止めて、ガス台から鍋をおろした。

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