第7話冒険者ギルドの初依頼

 数日後、八穂はトワの冒険者ギルドの掲示板前で、彼女にでききそうな依頼を探していた。リクはお留守番だ。


 あまり気はすすまなかったが、最低年に三回は依頼を受けないと降格してしまうという。Fランクが降格したら資格剥奪だった。


 身分証がなくなるのは困るので、まずEランクへのランクアップを目指すつもりだった。

Eランクへのランクアップの条件は、五回以上の依頼達成だというが、非力な八穂にとっては少し敷居が高い。


 独居老人のお買い物代理。商品の配達、お店の売り子…… 下水の清掃、建設現場の雑用は、腕力のある人募集か、無理だな。

 お店の売り子なら何とかなるだろうか、何のお店の売り子なんだろう、などと思い巡らしていた。


 うーん、うーん、うなっていると、背後から声がかかった。


「おはよう、ヤホさんだったかしら」

先日、窓口で対応してくれた受付嬢だった。


「おはようございます。ええと」

「ミュレよ、よろしくね」

ミュレは、おっとりした人好きのする笑顔で言った。


「依頼受けるのね」

「私にできそうな依頼を探しているところです」

八穂は答えて、ちょっと困ったように眉を下げた。


「はじめての依頼は戸惑うわよね、あ、そうだ」

「なんでしょう、ミュレさん」

「ミュレでいいわ、あなたのことも、ヤホでいいかしら?」

「ええ、もちろん」


「それじゃ、ヤホ、薬草摘みの依頼受けない? 良い子たちを紹介するわ」

「薬草摘みか、そうね」

八穂は、冒険者の第一歩としては、薬草摘みはいいかもしれないなと思った。


 ミュレはうふふと笑って、入り口のスイングドアの方を見た。

「そろそろ来る時間よ、彼ら」

「彼らって?」

「ふふ、今にわかるわ」


 ミュレが言うや否や、バタンと勢いよくスイングドアが開いた。はずみでドアが二、三度バタバタと開閉を繰り返した。


「こら、ダン、乱暴に開けちゃダメって言ってるでしょう」

ミュレが、入って来た少年を叱った。


 百三十センチくらいか、スイングドアから頭が出ないくらいの背丈の少年が、悪気のない目をミュレに向けていた。

「ミュレさん、おはよう」


「ミュレさんじゃないわよ、いつもは生意気に呼び捨てるくせに」

「へへ、今日もいつもの依頼頼むぜ」

ダンと呼ばれた少年は、掲示板から依頼の紙をはがすと、ミュレに差し出した。


「わかったわ、他の子たちは?」

「今来る」


ダンの言葉を待っていたように、ガヤガヤと賑やかな声がして、三人の子供が入って来た。

「おはようございまーす」

声をそろえて元気に挨拶。


「おはよう、ヨハン、ジル、ミルワ、今日も元気ね」

ミュレはひとりひとりの顔を確認しながら、声をかけた。


 ヨハンは男の子、ジルとミルワは女の子だ。どの子も似たような、生成りの質素な服を着ていて、先ほどのダンだけが、腰のベルトににナイフらしいものを下げていた。


「今日は、Eランクパーティ『トワの未来』のみんなに、お願いがあるのよ」

ミュレは、八穂の背を軽く押して前に出し、子供たちに紹介した。


「この人はヤホ。遠くからトワに来たばかりなの。依頼を受けるのも初めてだから、一緒に行って、薬草摘みのこと教えてあげてほしいのよ」


八穂は事情を理解して、頭を下げた。

「ヤホって言います。よろしくね」


「この子達は、『トワの未来』の四人。東大通りの先にある孤児院の子供達なの」

「この年で冒険者なんてすごいのね」

八穂が感心したように言うと、ダンが得意そうに胸を叩いた。

「十歳になったら登録できるからな、俺たちはもう一人前に働けるさ」


 頑張ってねと、ミュレに送り出された八穂と『トワの未来』の四人は、街の入口の石門から出て、森へ向かった。


「ここのイルアの森には、危険な獣はいないから、私たちでも安心して薬草摘みができるの」

ジルが斜めがけしているポーチから、小さいナイフを取り出しながら説明した。


 いつの間にか、他の子の手にもナイフが握られていた。おしゃべりしながらも視線は下生えの草に向いていて、すでに仕事モードに入っているようだ。


「ポーションになる薬草は、アルテモ草と言って、森の入り口付近でもたくさん生えてる。あ、これだよ。木の根元にあることが多い」

ヨハンが指し示したところに生えていたのは、八穂も知っているヨモギに似ている草だった。


 八穂の記憶にあるヨモギは、土手に張り付くようにして生えていたが、この世界のアルテモ草は、三十センチほどの丈があって、葉も大きい。葉先が波打つようにいくつかに分かれているのは日本のヨモギに似ていた。


 この草でヨモギ餅作れないかしらと八穂は考えた。ヨモギ餅を焼いてきな粉をかけて食べたい。子供の頃、母が土手のヨモギを摘んで作ってくれたのを懐かしく思い出した。


「根から堀ってしまうと、もう生えなくなってしまうから。こうして茎を二センチくらい残して切る。根が残っていれば、また何度でも生えてくるんだ」

ダンは説明して、薬草をナイフで切り、八穂に見せた。


「なるほど、わかった」

八穂がうなずくと、ダンは持っていた小型ナイフを差し出した。

「ヤホはナイフ持ってないみたいだから、今日はこれ貸す。オレは腰のナイフもあるからな」

「ありがとう、ダン。次はナイフを用意しておくね」

ダンに礼を言って、ありがたくナイフを借りた。


 それからしばらくの間、子供たちも八穂も、あたりに散らばって無言で薬草摘みに集中した。

アルテモ草はかなりたくさん生えていて、二時間もすると、子供たちの持っているポーチに入りきれないほどになった。


八穂の神様ポーチは、容量無制限なので問題なかったが、あまり知られるのもまずいと考えて、持てるだけ束にして、手に持っていた。


もうじゅうぶんだと思ったダンが声をかけると、みんなが集まってきた。

「けっこうたくさん摘めたな」

ダンが他の子たちのポーチを確認する。


いつもより多く摘めたような気がする」

「うん依頼は五十本だから、じゅうぶんありそう」

「午前中だけで小銀貨五枚か、まあまあだな」

ダンはうなずいて、八穂を見た。


「ヤホはどうだった?」

「うん、はじめてだから、みんなより少ないけど、依頼は達成できたと思う」

「おー それは良かったな。そいじゃ戻るか」

ダンは言って持っていたナイフを腰に戻した。


「ありがとう、ダン、助かった」

ヤホは持っていたガーゼのハンカチで、借りていたナイフの汚れを拭ってからダンに返した。

「おう」

ダンは受け取ると、腰に付けていたポーチへしまった。


 彼らが身につけているのは、キャンバス地のような厚い布で作られた巾着袋だ。女の子は体に斜めがけにし、男の子はベルトで腰に止めている。

縫い目が粗かったり、形が少し歪んでいるのは、手縫いなのだろう。大事に使っているようで、ところどころつくろわれた跡も見える。


 採取場所は歩いて数分の場所だったので、みんなでワイワイ、たわいのないことをしゃべりしながら、冒険者ギルドに戻った。

そして、それぞれ受付けで依頼達成報告をして、報酬をうけとり解散した。


「どうだった?」

カウンターごしにミュレに声をかけようとしていると、気がついたミュレが話しかけてきた。

「おかげで無事に、依頼分は採取できたよ」

八穂がアルテモ草の束を差し出すと、確認してうなずいた。

「確かに。初依頼達成おめでとう」

「ありがとう」


「これを持って行って、向こうの会計で報酬を受け取ってね」

ミュレは嬉しそうに、八穂の頭を手でポンポンして微笑んだ。

「自分で稼いだお金って嬉しい。ありがとう」


 無事に初めての依頼が達成できて、八穂はホッとしていた。この世界へ来て、初めて稼いだお金は、わずかだったが、嬉しかったのだ。

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