第4話地方都市トワ
翌日、冷蔵庫にあった長ネギとワカメで味噌汁を作り、冷凍していたご飯を、電子レンジで解凍して朝食にした。
おかずは茹でたキャベツと目玉焼き。キャベツは転移する前日にスーパーで一玉買ってあったもの。
冷蔵庫の野菜室には他に、ほうれん草、人参、大根、セロリ、ニンニク、ショウガなどがあり、床に置いてある段ボール箱には、ジャガイモと玉ねぎが数個ずつ入っていた。
また、冷凍庫にも、スライスした豚肉、唐揚げ用の鶏肉、塩鮭、刺身用マグロの柵、アジの干物などが保存されていた。
たくさん在庫が残っている時に飛ばされて、運が良かったようだ。派遣契約が終了した時、珍しく派遣会社から、特別に臨時ボーナスが出たのだった。休暇の間は何もしないと決めて、事前に食料を買い込んでいた。
不幸中の幸いか。使った分だけ補充されて、その上腐ることもないなんて恵まれた環境。この先食材に困ることは無くて、食べ慣れた物が食べられるのはありがたかった。
でも
ジーンズにトレーナーという動きやすい服に着替えて、神様ポーチを腰につけた。
リクは留守番させようかと思ったのだけど、八穂をまもるために一緒に行くと主張したので、連れて行くことにした。
街でこの世界の人に出会ったら、リクがどう扱われるのか心配だったので、飼猫であることがわかるように、八穂の赤いバンダナを首に巻いてやった。
木立の切れ目から伸びている、獣道のような細道を、リクとともにゆっくり歩いた。道の両側は胸のあたりまで高く草が茂っていて、まわりが見えにくい。
草やぶから危険な
だいたい、こんな時はスライムとか、角のあるウサギとか出てくるのが定番だよね。武器になりそうなものを持ってくれば良かったかな。
万能包丁か、ペティナイフ、いや パン切りナイフの方がいいか。刃が薄くてギザギザ波になっているからよく切れる。
八穂は、そんなことを考えながら、歩いて行った。
たとえキッチンで使うようなナイフを持っていたとしても、日本では小さいネズミさえ殺したことはない彼女だ。
目の前にせまってきた,獲物に、ナイフをふるえるかというと、はなはだ疑問なのだが。
十五分ほど歩いたところで、突然まわりがひらけ、土を踏み固めたような道に出た。
ちなみに、スマホは通話やネットはできなかったが、時計やカメラ機能は使えるようだった。ただし、こちらの時間がどうなっているのかはわからないため、経過時間を確認するくらいにしか使えなかった。
道に出たものの、どちらの方向へ行くべきか迷い、八穂はしばらく、あたりを眺めていたが、時々通る荷馬車の多くが、同じ方に向いて行くのに気づき、そちらに歩いて行くことにした。
ゆるい上り坂を数分歩くと、前方に高い石壁に囲まれた街らしいものが見えた。
街の入り口は、半円形の広場になっていて、その奥に大きな石門があり、その門に向かって、人や荷馬車が進んで行く。
八穂も門に向かって行く。だが、ここまで来ておいて、なんだか少し気後れがしてきていた。
日本の、それも小さな田舎の村で、のんきに暮らしていたので、はじめて会うこの世界の人がどんな人たちなのか、急に不安になったのだった。
はじめて行く街だからおとなしくするようにと、言い含められているリクは、言いつけ通りに、八穂の後を黙ってついて来ていたのだが、立ち止まった八穂を不審に感じたのだろう。不思議そうに見上げていた。
「大丈夫だよ、なんでもない、行こう」
やがて一人と一匹は、門前にたどり着いた。
警備員らしい数人の男たちが、街に入る人々を捌いている。
八穂もガタイのいい大男に声をかけられて、顔を上げた。
ちょっと見、怖いような角張った顔の男だったが、見下ろす目は優しそうなので、八穂はほっと息を吐いて、挨拶した。
「トワの警備隊だ、身分証を出してくれ」
男は手を差し出した。
「ええと、あの、持っていないのですが」
「それだと通行税、大銀貨二枚になるが。それと、足もとにいるのは、お前さんの使役獣か?」
「はい、リクです」
この世界では使役獣というのが一般的なんだろうか、わからないので、とりあえず肯定しておいたようだ。
「そうか、それなら怪しまれないように、街の魔道具店で、使役獣用の首輪を買って付けておけ」
「使役獣の通行税は、大銀貨一枚だ」
規則は規則だから、素直に支払った方がよさそうだと、八穂は神様ポーチに手を入れて銀貨を三枚取り出した。
「確かに、銀貨三枚受け取った」
男が八穂の左手の甲に、何かハンコのような丸い筒をポンと押しつけると、手首の少し上あたりに赤い渦巻き模様が浮き出た。
「通行税を支払ったという印だ。今日から三日間は消えないから、身分証代わりになる」
「ありがとうございます」
「おまえさん、このあたりの者じゃないのか?」
男が訪ねてくる。
「はい、まあ……」
「そうだろうな、そんな服装このあたりでは見ないからな、あれ? おい、もしかして?」
「え?」
男は指で鼻をこすりながら口ごもった。
「おまえ、もしかして女か?」
声を落として、耳元でささやく。
「はあ、まあ、そうです」
「なるほど、男にしては、なあ、ほら」
チラリと八穂の胸のあたりを見て、フルフルと頭を振る。
「悪い」
気まずそうに下を向いて詫びた。
八穂も、なんだか気恥ずかしくなって、肩をすくめた。
「すみません、まぎらわしい格好してて」
男は気を取り直すように、咳払いして顔をあげると、人の良さそうな笑みを浮かべて言った。
「まあ、なんだ、気を付けて。ようこそ、トワへ」
「ありがとうございます」
八穂は、怖い顔だけど優しそうな人だと感謝して、トワの街に足を踏み入れた。
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