第3話神獣?

「リク、リク」

八穂やほはリクを呼んだ。


 気まぐれなリクは、気が向かなければ返事をしない。

でも実は、知らんふりをしていてもシッポは揺れているので、ちゃんと聞こえているのはわかる。声は出さなくてもシッポの返事はかかさないのだ。


 キッチンの隅に置いてある、専用空き箱の中で寝ていたリクは、のっそりと体を起こして背伸びをした。

ピョンととんで、軽く箱の縁を乗りこえると、大きなアクビをした。


「リク、あ、来た来た」

八穂は期待のまなざしでリクを見おろした。


『異世界の暮らし方』の小冊子の最後に書いてあった、神様からの贈り物、リクを神獣化したということを、確認したかったのだ。


「ねえ、リク、何か変わったことあるの?」

八穂の問いに、リクはフンと鼻を鳴らした。


「見た目は変わらないと思うんだけどな」

 やさしく撫でてやりながら、体を確認してみるが、とくに変わったところは見られなかった。


 もともと大型の猫で、鼻からシッポの付け根までは約六十センチ、シッポの長さは四十センチくらいある。体重は約八キロで、八穂が抱き上げるには、重くて苦労する。


「にゃ!」

リクは突然警戒したように身をすくませ、床に伏せた。


 グルッと小さく鳴くと、戸惑ったように首をかしげた。

それから、急に立ち上がり、八穂の顔を見上げながら体を激しく震わせる。


 突然のリクの異変に、八穂はあせって、リクを抱き上げようとしたが、リクはするっと八穂の手をすり抜け、けだした。


 八穂もあわてて後を追う。リクがドアの前まで行き、前脚を伸ばしてノブを触ると、不思議なことに、スッとノブが回りドアが開いた。


「リク、大丈夫かな、具合が悪い?」


 どうしよう、この世界に獣医さんいるのかなと、八穂が心配していると、リクはハッと何かに気づいたように、身をすくませた。


「にゃ……」

八穂が戸惑っていると、リクは先ほどの切羽詰まった感じとは違う、落ち着いたようすで、グルルと喉を鳴らして見上げた。


“だいじょうぶ”


八穂は、なんとなく、リクがそう言っているような気がした。


 リクの顔を見ても、口元は動いていない。声も聞こえないので、直接にヤホの脳に伝わっているのだろう。

テレパシー? 念話?  とでも言うのだろうか。


 リクは、いつもの気だるく無関心なようすとは、まるで違う、好奇心に満ちた目をしていた。


“ついて来て”


そう言われたような気がして、八穂はリクの後をついて、庭に移動した。


 庭と言っても、家をぐるりと取り巻く狭い空地だが、柔らかい芝のような草が生えていて、お日様の光を浴びて、のどかだった。


“見てて”


リクはそう伝えると、フフンと得意そうに鼻を鳴らした。


 威嚇いかくする時のように耳をふせ、ブワッと体をふくらませると、一瞬リクの体が、光に包まれた。


八穂がまぶしさに目をそらし、再びリクを見ると、体長は四~五メートルはあるだろうか、大型猫どころではない、巨大なけものがそこにいた。


 毛並みは猫の時と変わらなかった。白と銀と黒が混じったような複雑な模様だ。

シッポはピンと立って長く、フサフサどころか、バサバサ音がしそうなほど、幅広く茂っていた。


 八穂はただリクを見上げていた。

いつもは足もとにいて、見おろしているリクの顔が、今は首が痛くなるほど高いところにあった。


「なんと言っていいのか、言葉も無いというのはこういうことだね」

八穂は言って、リクに近づいてみた。


 驚きはしたけれど、恐怖は感じなかった。

体が巨大化しただけで、見た目はいつものリクだったからかもしれない。


 リクが嬉しそうに、長いシッポをブンブン振ると、風が起こって八穂の髪がフワと吹き上がった。


「かっこいいね、リク」

大きすぎて頭まで手が届かないので、八穂はリクの前脚あたりをなでた。


「でも、普段はいつもの猫のままでいてね、大きいと、みんなを驚かせてしまう」

 八穂が言うと、リクは理解したのだろう。一瞬まぶしい光を放って、もとの大きさにもどった」


“おなかすいてきた、おやつたべたい”


口元をペチャペチャ動かしながら、リクが意志を伝えてきた。


 八穂は、リクの気持ちが伝わるのは、良いんだか、悪いんだか、微妙だなと思った。

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