後編

「よかった、こんなところにいたんだね」


病院中を探し回った僕は、

やっとのことで病院の屋上にいたお兄ちゃんを見つけた。


「突然ごめんね、びっくりしたよね。実は、お兄ちゃんに話したいことが二つあるんだ。一つ目は、これは本当は黙っていようかとも思ったんだけど、やっぱりお兄ちゃんには話したほうがいいと思って。もう一つは、これはお兄ちゃんが良ければなんだけど、僕らから提案があるんだ」


「僕ら?」


「海へ行った日、僕と一緒にいた長髪の奴いたでしょ。お兄ちゃんさえ良ければ、彼と僕と三人で一緒に住まないかい?いわゆる、シェアハウスってやつだよ」


お兄ちゃんは呆気にとられたような顔をした。


「僕と彼、一緒に住んでるんだよ。あ、違うよ。誤解しないでね。別に僕らそういう関係じゃないから。僕、女の子が好きだし。お金がもったいないからって理由で、家賃折半して一緒に住んでるんだ。それで、二人ともお金が貯まったから、もう少し大きな部屋に引っ越そうって話をしてたんだよ。それで、せっかくならお兄ちゃんも一緒にどうかなと思って。ほら、人数多いほうが何かと楽しいでしょ?」


すると、先程まで呆気にとられていたお兄ちゃんは突然泣き出し、

「僕も、一緒にいていいんですか?」

嗚咽交じりの声で、涙をボロボロと流しながらそう言った。




“僕も、一緒にいていいんですか?”




初めて、彼の本音が聞けたような気がした。


初めて、本当の彼を見れたような気がした。


「・・・そういえば、話は二つあるって言ってましたよね。もう一つの話っていうのは、何なんですか?」


真っ赤になった目をゴシゴシとこすりながら、お兄ちゃんは僕に尋ねた。


「そうだった、すっかり忘れてたよ。たぶん、こっちの方がお兄ちゃんにとっては大切な話になるかと思うんだけど、実はサヤちゃんに聞いたんだ。あの日、お兄ちゃんとサヤちゃんが海を目指した理由」


「理由?」


「うん。あの日、四人で海に行った日に、サヤちゃんに聞いたんだよ。『どうしてサヤちゃんはお星さまを見たいの?』って。お兄ちゃんには内緒にしてって言われたんだけど、やっぱり話したほうがいいと思って」


僕はあの日のコンビニでの事をお兄ちゃんに全て話した。


「でも、勘違いしないでね。サヤちゃんがそう望んだから、一緒に住もうって誘ったわけじゃないよ。僕もロンも、友達としてお兄ちゃんと一緒に住みたいって思ったんだ。お兄ちゃんと一緒にいれば、毎日がもっと楽しくなると思ったから。だから、誘ったんだ」


お兄ちゃんはまたしても目から大粒の涙をボロボロとこぼしたけれど、

少しだけ様子がおかしかった。


「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい」


お兄ちゃんは涙をこぼしながら、何度も何かに謝り続けた。


「どうしたの?なんで謝ってるの?」


するとお兄ちゃんは、

「僕は・・・、僕はサヤに、ずっと嘘をついていたんです」

カサカサになった声でそう言った。




彼が小学生の時、父親が交通事故で亡くなった。

その時、彼の妹はまだ母親のお腹の中にいた。


そして妹が四歳になる少し前に、今度は母親が病気で亡くなった。


四人で海に行ったあの日、僕とロンは彼からそう聞いていた。

当然サヤちゃんも、今でもそれを信じているだろう。


だが、それは真っ赤な嘘だった。


彼らの母親が病気で亡くなったのは事実だった。

けれど、彼らの父親は今も生きている。


彼らの父親は、交通事故で亡くなってなどいなかった。

その日、父親は彼らを捨てて出て行ったのだ。




『お父さんは、今も生きている』


母親から突然そう言われた。


正直、いきなりそんなことを言われたところで、

到底信じることはできなかった。


だが、その数日後、母親が亡くなった日の夜、

父親が彼の前に姿を現した。


父親は、

「今まで本当にすまなかった。お金のことは心配しないでくれ。家のことも心配するな。あの家は、お前とサヤの家だ。大人の手が必要なら、家政婦を雇うから言ってくれ」

それだけ言うと、どこかへ行ってしまった。


母親が死んだ後も、父親が家に戻ってくることはなかった。


父親が僕らを捨てたのは、どうせ不倫か何かだろうと思っていた。

僕らの母親が死んだところで、彼には既に新しい家族がいるのだから、

だから、こんな状況でも家に帰ってこないのだろうと、そう思い込んでいた。


だが、父親は家を出て行った後も、ずっと一人だった。


母親が死んだあと、学費やサヤの治療費の相談をするために、

彼は何度か父親と二人きりで会っていた。


一度だけ父親の住んでいるアパートに行ったことがあったが、

そこは彼やサヤが住んでいる一軒家とは真逆の、ボロボロの安アパートだった。


父親はそこに、ずっと一人で暮らしていた。


それでも、彼がどこでどんな暮らしをしていようとも、

家族を捨てたことは事実だ。


そこにいかなる理由があったとしても、そんな事は彼の知った事ではない。


だって、彼にはもう父親はいないのだから。


彼の家族は、妹だけなのだから。


けれど、母親は彼と妹のために、

『父親は交通事故で亡くなった』

という嘘を、死ぬ直前までずっとつき続けた。


だから彼は、そんな母親のために、

『お父さんは事故で死んだんだ』

妹が死んだ後も、今日までの間ずっとその嘘を妹につき続けてきた。




「ねぇ、どんな家にしようか?三人で住むってなると、それなりの広さは必要だよね。そうだ、せっかくだから家具とかも買い替えようかな」


僕は彼の背中をさすりながら、話を無理矢理に逸らした。


僕は、あの日から全く成長できていなかった。


大切な友達が苦しんでいるのに、気の利いた一言も言えないどころか、

僕はせっかく心を開きかけてくれていた彼から逃げたのだ。


そんな自分が歯痒く情けなかったけれど、

それでもやっぱり僕は、彼の背中をさすってあげることくらいしかできなかった。


こんな時、ロンならどうしただろう。


何て声を掛けてあげるのが正解なのだろう。


気が付けば、屋上には僕ら二人以外には誰もいなくなっており、

ぽつりぽつりと降り始めた夕立が、僕らの頬を濡らしていた。

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No.10【短編】ドライブ ~another story of 『When you Knock on Heaven's Door』~ 鉄生 裕 @yu_tetuki

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