番外編
私が子供を産む少し前、子供に授ける名前を病室で考えていた。
「んーーー」口の中に空気をためて頬をふくらます。
目の前の机上には、たくさん名前が書かれた紙が置いてある。
一生呼ばれる名前だから、真剣に考えないといけない。佑樹には、私が考えるって伝えちゃったし。でも、ちょっとだけ手伝ってほしいなぁ。
「はぁ、どうしよ」
窓の外に視線をやると、桜の木がある。窓のそばで手を伸ばせば、花びらを触れるんじゃないかな。
あっ。桜__春といえば……。
♦♢♦♢
「ゆうき?」
小学1年生、初めて登校した日。
一番のりで教室に入ったと思っていた私は、席について本を読んでいる佑樹を見て驚いた。
相変わらず本を読んでいるのは家にいる時と変わらない。佑樹の前の席に座って、何の本を読んでいるのか表紙を下から覗いた。
この頃の私は本を読まなかったうえに、絵本にも興味がなかったから、表紙を見てもちんぷんかんぷんだった。
「ねー。ゆう……き……?」
表紙をのぞくのをやめて佑樹を見ると、楽しそうに口角を軽くあげていた。面白い場面を見たからそんな顔をしてるんだと思う。
でも私はその顔に惹かれた。本を読んでいる時、いつも仏頂面だった佑樹が面白そうにしている顔を見て好きだなって思った。
「……佑樹!!」
大声で呼ぶと、こっちを見て目を大きく開いている。
「おはよう!」
「……おはよう」
「ねー、なにが面白くて笑ってるの?」
教えてくれないかな、って思ったけど、本のことになると夢中で話してくれた。申し訳ないけど、面白い場面を教えてもらっても私にはその面白さが伝わらなかった。でも、楽しそうに本の話をしている佑樹が大好きだったなぁ。
♦♢♦♢
もし、佑樹が本を読んでいなかったら好きになっていなかったと思う。本が私達を繋いでくれたんだ。
私は思いついた名前を紙面につづった。
「……うん、これね」
シャーペンを置いて、紙を両手に納得した。
嫌いじゃないよ 久瀬ゆこ @hisase
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