転生追放王子と不老不死の魔女の話

幽八花あかね

転生追放王子と不老不死の魔女の話

 彼が生きていた世界では、88歳を「ベイジュ」というらしい。


 年もとれない、死ぬこともできない私にはよくわからないけれど、88年も生きられることは、どうやらおめでたいことのようだった。


 だから私は、彼にお祝いをしてあげる。鮮やかな色で絵画を描いて、ゆったりとしたセーターを編んで、やわらかい料理を作って。


「おはよう、アナタ。ベイジュおめでとう。年をとるのがどうしておめでたいのか、私はさっぱりわからないけれど、祝ってさしあげるわ」

「……ああ、そうか。今日はぼくの誕生日か」

「そうよ。まさか忘れていたの?」

「さいきん、時間の感覚がにぶっていてね」

「ふぅん。そういうものなのね」


 白髪ばかりになった彼の背中を支え、起きるのを手伝ってやる。彼はだんだんとシワが増えて、耳が遠くなって、目がよく見えなくなって、背が低くなって、元気がなくなった。


 ニンゲンってかわいそうだな、と思う。年老いるということが、哀れだと思う。からだが不自由になっていくなんて、まるで遅効性の呪いじゃないか。しかも治す術がない。最悪だ。


 私は悲しい気持ちを隠すように、わざと明るく振る舞うことにした。


「じゃーん! これは、あなたが好きだって言ってたトウキョウタワーの絵。これは、あなたが好きな青色のセーター。料理はいっぱいあるけれど、全部あなたの大好物よ」

「ありがとうな、ルビーさんよ」

「いえいえ! なんてったって、私はあなたの妻ですからね」


 と言っても、法的に認められた夫婦ではない。私は法に縛られるニンゲンではなく魔女であるし、彼は社会から抹消されたニンゲンだ。


 彼は、隣の国の王子さまだった。さらに昔はニホンジンだった。転生だとかをして、濡れ衣を着せられて、追放刑に処されて、倒れていたところを私に発見された。


 何もかも失った、と嘆く彼を、私は拾ってみた。嘆きの涙も歓びの涙も魔法薬の材料になるのだけれど、当時の私はそれらを生成することができなかったのだ。喜怒哀楽のすべてが欠けていた。


 彼は、名前をタケルといった。王子さまの名前でなく、ニホンジンのときの名前らしい。彼は私にいろいろなことを教えてくれた。知らない世界の話をしてくれた。


 私が初めて知った感情は、「好き」というものだった。私は彼を好きになった。彼に甘えることを覚え、ねだることを覚え、彼を誘うことを覚え、支えることを覚えた。傷心していた彼も、やがて私を「好き」になってくれた。


 そして私たちは「結婚」した。ドレスとタキシードは、魔法で変装した私が街で買ってきたもの。ヴェールは私が魔法で作ったもの。指輪は彼が育てたお花を輪っかにして、私が枯れない魔法をかけたもの。


 君の魔法に頼ってばかりで情けないな、と彼は苦笑した。あなたを愛しているから魔法を使うんですよ、と私は答えた。そうしてふたりはキスをした。


 あれからたくさんのことがあった。ニンゲン社会では生きられない異端者の私たちは、慎ましく、私たちだけの秘密の隠れ家で生きていた。


 彼さえいれば、私は幸せ。そんな感情まで知ってしまった。私は彼に変えられてしまった。


「ぼくは君よりさきに死んでしまう。……ごめんね」


 彼の命は枯れていく。やがて土に還っていく。それは私たちが出会ったときから、いいえ、出会う前から決まっていた。それが世界の理だった。


「あなたが死んだら、私はとても悲しむんでしょうね」


 無感情だった頃の私を知る彼は、私の言葉に微笑んだ。こんなことを言うと彼は嫌がるだろうけれど、彼は私のたったひとりの王子さまだ。


「愛してるわ、あなた」


 僕も愛してるよ、という言葉を、あと何度、あなたは私にくれるのでしょう。


 ベイジュ。88歳。この世界での平均寿命を、あなたはとうに越えています。


 今度また生まれ変わるときも、私のもとに来てくれますか?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

転生追放王子と不老不死の魔女の話 幽八花あかね @yuyake-akane

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ