第14話「ゆりかごの大地」

 一日ぶりの生徒会室に僕らは集まった。


 昨日と違うのは、美化活動部のメンバーに僕と玲央だけじゃなくて、シアンが居るという事。

 

「さて、立ち話もなんだからみんな座って」


「は、はい」


 生徒会長に促されて、僕らはソファに座る。


 火乃宮副会長は誰に言われるでもなく、紅茶を淹れ始めた。


 昨日クラスへ帰る時に言われた様に、飽くまでも今日の僕達は客人では無い。


 それでも紅茶を出してくれるという事は、会長の分のついでに労う意味だろう。


「率直に言って1年生を抱えてAクラスを相手にするのは以蔵達では厳しい。そういう相性なんだ。それでも倒したというのだから、何かあったんじゃないかと思ってね。他でも無い君達にあの場所で何があったのかを訊きたいんだ」


「な、なるほど……」


 隠し立てする必要もないし、僕は全てを話す。


 鶴志先輩が僕達を守った事。


 そして、僕が訳の分からない声に導かれてアルカナ・パペットを土壇場で使った事。


 それを横で聞いていた玲央は口を挟む。


「なぁ、それって俺にも使えるのか?」


「どうなんですか? 会長」


 訊かれて、会長は手を顎に当てて少しうなる。


「わからない。アルカナ・パペットというのはドール能力の中でも更に特殊な部類でね。1年生の頃から発現する者もいれば、発現する事なく卒業する者もいる。とても不確定な必殺技なんだ」


「じゃあ、会長はアルカナ・パペットだっけ? それ使えんの?」


「もちろん使えるよ。機会があればそのうち見せてあげる」


 僕が起きた事を話し終える頃に、火乃宮副会長の淹れた紅茶が机に置かれた。


「なぁ。すっげぇ今更な事を訊いていいか?」


 紅茶を啜りながら、玲央はまたひとつ会長に質問を投げかける。


「なんだい?」


「あの化け物……普通の大きさの奴からでっけぇのまで、いったいなんなんだ? あんなのいたら、今頃ニュースじゃ大騒ぎだろ? なのに今まで一度だって見たことも聞いたことも無ぇ」


「そうだね、君の疑問は尤もだ」


「なぁ、ここって本当に日本なのか? 俺、ここに来た時の記憶があやふやっつうか……どうやってここに来たのか覚えてねぇんだよ」


「あ、玲央も同じ事を思ってたんだ。僕も、なんだかいつの間にか入学式に出ていたし」


 僕達の言葉に、会長は微笑みながら頷く。


「結構鋭いね、君達」


「え? そうかぁ? あ、アザっす……」


 少し照れながら玲央は頭を下げる。


「ふむ……話すよりも見て貰った方が早いかもね」


「見る?」


 何をだろう?


 僕達が疑問に思っていると、彼は立ち上がり、窓際まで歩いて行く。


「こっちへ来て、空をご覧よ。そろそろ雲が晴れる頃合いだ」


「どういう……?」


 僕達が怪訝そうな顔で窓際まで近づいた頃に、ずっと空を覆っていた分厚い雲に切れ目が見えて、そこから空が……。


 



 いや、逆さまに伸びたビルと大地が、空に浮かんでいた。





「なんだよ……あれ……」


 思わず玲央が言葉を漏らす。


 僕とシアンは絶句していて、異様な光景に目を丸くしている。


ゆりかごの大地クレイドル・アース。君達が「日本」と呼んでいる土地だよ」


「クレイドル……アース……?」


 会長は窓に背中をもたれかかり、目を伏せながら話し始めた。


「1960年代。当時はアメリカとロシア……正確にはソ連は冷戦と呼ばれる争いを行っていた」


 冷戦……。


 中学校の頃、歴史の教科書を読みふけっていたから多少の知識がある。


 第二次世界大戦の後で資本主義・自由主義の陣営と共産主義・社会主義の陣営とで東西に別れて数十年争った時代。


 戦争でイメージするような、直接戦うようなものじゃなくて、水面下で色々と工作したりが中心。


 実際には直接戦火を交える戦争に発展したものもあるけど、基本的には直接的な争いは無かった。


「そして、1962年。端的に言えば、アメリカとソ連で核戦争一歩手前まで行く事件があった」


「キューバ危機って奴ですか?」


「よく知っているね。そのキューバ危機で世界は核兵器により滅びかけ、でも踏み留まった。僕達の知る歴史では」


「違う……って事ですか?」


「あぁ。核戦争は防げずに世界中に核兵器が投下された。その後の世界の歴史はあそこ、ゆりかごの大地で続いていった」


「一体何が起きたんですか……?」


「僕達も詳しくは知らないよ。けれどひとつ言える事は何か不思議な事が起きて僕達人類はゆりかごに守られていて、この場所、真実の大地トゥルー・アースでは化け物達が跋扈する世界に変わり果てた」


「じゃあこの学園って……」


「あのゆりかごで生きている人達からドールとオーナーの素質がある者を引き抜いて、真実の大地を開拓できる者を養成する。それが、私立樋渡形学園の正体だ」


 じゃあ、僕達が今まで生きてきた人生は……。




 夢……って事?




 衝撃を受けて固まる僕達に向けて、生徒会長は今まで伏せていた顔を上げて、微笑みを浮かべる。


「君は今まで生きていた人生が虚構だと感じているのかもしれない」


 図星だ。


 そう言われて、やはり何か言わずにいれない玲央が口を開く。


「会長の言う通りならそうじゃねーかよ……」


 玲央の言葉に、会長は首を横に振る。


「あのゆりかごはまさしくもう一つの現実で、君達の今まで人生は本物だ」


 僕達の縋るような目を受けて、会長は微笑みを絶やさない。


「でなければ、この学園で生き抜く知恵などは育まれない。君達が今こうして立っているのは、間違いなくあの大地で生きてきた経験があるからなんだよ」


「経験……」


「あぁ。現に、あの大地で発見された知識、知恵は確実にこちらの役に立っている。だからあの世界も間違いなく現実だ」


「そっか……でも……」


「でも、なんだい?」



 凄く、凄くわがままというか、自分勝手な事だけど、僕も言わずにはいれない事がひとつある。



「もう二度とゆりかごの大地に戻れないんでしょうか、僕達は」


「……帰りたいのかい?」


「はい。やっぱり、あの世界にあってこの世界に無い便利な物もありますし、それに……」


 そういって、僕は振り返ってシアンの顔を見る。


「約束したんです。今度の休みに、街へ行って遊ぼうって。だから、一時的にでも良いから、帰れる手段は無いかな……って」


「うん。そう思うのも無理はないよね、何せ僕達はティーンエイジャーなのだから」


 そらそうだ。


 遊びたい盛りの10代なんだもの、僕達は。

 

 会長はなんだか10代の雰囲気ではないけれど。


「安心して欲しい。ちゃんとゆりかごの大地へ行く方法はある」


「本当ですか?」


「あぁ。校舎にその為の施設があるから、教師や風紀部に外出届を出せばいつでも構わないよ。それでも、門限は守ること」


「門限、やっぱりあるんですか?」


「うん。時間はあっちとこっちで常に一緒だから、平日に出掛けても大丈夫」


「じゃあ……!」


「あぁ。休みの日を楽しみにしていると良いよ」


「はい!」


「それじゃあ、今日のお話はここまで。またそのうち呼び出すけど、これは警備部や風紀部の報告書待ちになるから、暫くはこの学園に慣れる事に集中してほしい」


「わかりました!」


 そうして、僕達は出された紅茶を飲み干してから生徒会室を後にする。


「失礼しました~」


「うん。またね」


 生徒会長に見送られながら、僕達は寮までの帰り道を歩く。


 時間はもう放課後。


 庶民であるところの僕や玲央みたいに校舎にずっと残って駄弁るような真似をする生徒はそうそう居なくて、校舎に残っている生徒のほとんどは部活動や生徒会組織の仕事に勤しんでいる。


 道すがら、保健室から見覚えのある生徒が出ていくのを目にした。


 それは、シアンの元オーナーで手には松葉杖を持っていた。


 確か、彼女はAクラスの怪物の襲撃の時に足を失くしていた……。


 苦々しい思いで足元をチラりと見て見ると、なんと五体満足だった。


「あれ、気のせいだったのか?」


「お? どうした?」


「いや、なんでも……」


 僕達は話していると彼女も僕達に気がついた様で、視線が合う。


 けど、すぐに彼女は目を離して帰り道を歩く。


 しかし、松葉杖での移動に慣れないのか、すぐに転んでしまった。


「大丈夫ですか!?」


 僕は慌てて駆け寄って声をあげる。


「うっ、大丈夫、大丈夫よ!」


 つんけんした態度で彼女は立ち上がろうとするけども上手くいかない。


「ちょっと失礼します」


「へ、ちょ、ちょっと!」


 そう、前置きを置いて僕は彼女の手を取って、身体を支えながら立ち上がらせた。


 よりにもよって僕達に助けられて不貞腐れているのか、彼女は不機嫌そうに顔を歪ませている。


 まぁ、今日くらいは空気読まずに行こう。


「えっと……同じ一年生の寮ですし、一緒に帰りませんか?」


「はぁ?」


「足、怪我してましたよね。治ってるみたいですけど」


「……そうよ、治ってるから気にしないで!」

 

 そう言って彼女はそっぽ向いて怪我をしていた筈の足を前に出して立ち去ろうとした。


 上手く力が入っていないのかバランスを崩し、また倒れそうになる。


「危ない」


 けど、今度はシアンが彼女の身体を支えて倒れるのを防いだ。


「シアン……? わ、私を笑いに来たの?」


「いや、マスターが貴方を助けるなら、ボクも助けたい。そう思っただけ」


「そう……」


 またも不貞腐れながら、今度はシアンに支えられて彼女は歩き出す。


 僕と玲央は、彼女をシアンに任せるべきだと内々に決めて、二人を見守った。


 その間、僕達は無言で一年生の寮までの道を歩んでいた。

 

 寮の門が目に入る頃に、彼女は立ち止まる。


「どうしたの?」


「……感謝するわ」


「え?」


 僕達が素っ頓狂な声をあげると、彼女は僕の方を振り向いた。


「足の怪我。あなたの糸に繋がれたお陰で治ったのよ。他の大怪我していた生徒も一緒に。今は麻痺してるから動かないけど、1日もすれば動かせる様になるって」


「あぁ……やっぱり見間違いじゃなかったんだ」


「だから、感謝するわ……それと、卑下にしてごめんなさい……」


 それだけ言うと、彼女はまた無言で俯いた。


 そして、彼女の部屋に着き、僕らはシアンの荷物を手に取った。


「それじゃあ、ボクは彼らの部屋に行きます。ほんの短い間でしたが、お世話になりました」


「……フン、あなたよりずっと凄い人形生を捕まえてみせるわよ」


「はい。頑張って」



 そうして、僕らは今度こそ、3人であの部屋に住む事になった。


 食事を終えて、リビングで僕らは一緒になって談笑を広げていると、唐突に玲央が手を叩いて、僕らの前に立つ。


「うし! じゃあ、新生美化活動部の設立を祝って、スクラム組もうぜ!」


「えぇ? 僕達そんな体育会系じゃないでしょ」


「いいじゃねぇかよ、連帯感高めていこうぜ? なぁ、シアン?」


「……前々から思っていたけれど、不縛、君はボクに馴れ馴れし過ぎる。もう少し距離感ってものを覚えて欲しいな」


「お? お??? なんだよ、急に」


「ボクは世界のドール。彼の命令は聴くけど、君の命令や指図は聞く気はない。いいね?」


「オイオイオイオイオイオイオイオイオイオイ!! なんか俺への風当たり強くねぇ???」


「あはははっ!! いいじゃん、いいじゃん!! シアンがちゃんと自己主張するくらいには認められてるって事だよ」


「対等ぐらい。それ以上は絶対に無い」 


「ちくしょぉおおぉぉお!!!」


「でも、仕方ないから円陣ぐらいは組もうか。いいよね、シアン?」


「マスターがしたいなら」


「調子良いなぁ!!!」



 そうやって、僕達はワイワイ騒ぎながら円陣を組み、右手を重ねる。


「それじゃあ、美化活動部~~~~……」


「ファイト! オー!」


「ふぁ、ファイト、オー……?」





 僕達はどうしたって人形だけど、それでもここでの生活は楽しめそうだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

人形ノ學舎~人権を奪われた僕が、荒廃した世界の学園で美男美女を繋ぐ糸になる!?~ @tote404

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ