それは重なる愛
新巻へもん
8が並べば何かが見える
なかなか会えない日々が続いた。
お互い職場で新人の域を脱してひとり立ちしたせいで、任される仕事が多くなったせいだ。
平日夜に二人のスケジュールが合うなんてことは一月に一回あるかないか。
土曜日は疲れが出て目が覚めたら夕暮れどきなっているなんてことはしょっちゅうだし、日曜日は溜まった洗濯をして見苦しくない程度に掃除をしたらもう空の彼方に月曜日の姿が見える。
少しでも二人の時間を取りたいと、久方ぶりのデートで提案してみた。
「一緒に住まない?」
「んー。なかなか魅力的な提案ではあると思うよ」
「だろ? 家賃や生活費も折半すればなんとかなると思うし」
「でもねえ。君の健康のために断っておくよ」
「なんだよそれ」
「ヒントは兄だね」
確かに妹を溺愛するお兄様の存在を失念するわけにはいかない。古風な価値観をお持ちで武道を極めるお兄様のお勤め先は桜田門。可愛い妹の為なら職権乱用も辞さないお方だ。
ちょうどピザが運ばれてきたので、マスクを外して食べ始めることにする。
お互いに美味しい料理がテーブルの上で冷めていくのは許せないという考えだ。
「いやあ、スプマンテとよく合うね」
ピザを持ち上げ、伸びるモッツアレラチーズを下から迎え撃つミキ。
俺も負けじと次のピースに手を伸ばす。
あっと言う間に空になった。
フルートグラスに口をつけ喉を湿らせる。
「さっきの話の続きだけど」
「ほうほう」
「結婚しよう」
「なるほど」
「いや、さっきの一緒に住もうというのは結婚を前提にした話だったんだが」
「うん」
「ロマンティックさの欠片さもないプロポーズなのは悪いと思うんだけどね」
「まあ、ヒロらしいとは思うよ」
ウェイターがミキと俺の空になったグラスにお替りを注ぐ。
ミキはクイとグラスを傾けた。
「それで……返事なんだけど」
「うん?」
不安な気持ちでミキの顔を見つめる。
「さっき返事をしたよ」
記憶を探る。
「じゃあ、あの、うんというのは」
「そーそー。肯定の返事をしたつもりだったんだけどね」
人のことは言えないがなんと軽い返事だろうか。
俺の顔色を読んだのかミキがニッと笑う。
「まあ、折角なんで、条件というか希望を言わせて貰おうか」
そう言えば交際を申し込んだときもそんなことがあったなあ。
「拝聴します」
「お互いに健康に留意してだね、一緒に88歳を迎えるよう努力することでどうだろうか?」
「それは構わないけど、なぜに88? 米寿に何か思い入れでもあるの?」
「それはだねえ。ヒロの奥さんになろうという人は意外とロマンチストなのだよ」
それは知っている。
「分からないかい?」
ミキはボトルを冷やしてあるアイスバケットに指で触れた。
テーブルの上に水滴で8をくっ付けて二つ並べて書く。
じいっと見ていると謎が解けた。
「そうさ。お互いのハートが重なっているように見えるだろ? 88は特別な数字なのさ。ということで一つよろしく」
ミキの掲げるグラスに合わせて俺もグラスを持ち上げる。
二人の門出を祝してグラスを空けた。
それは重なる愛 新巻へもん @shakesama
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