異世界転生も大変です

七四六明

転生させる方も大変なんです

 異世界転生。

 昨今では某国のマスメディアを中心として認知されているらしいが、古来より、神はあらゆる世界とを繋げ、均衡を保つため、幾度も魂の転生を行なって来た。


 悪魔が蔓延ってしまった世界には、対抗出来る手段を持つ者を。

 作物の育たぬ世界にはその技術に卓越した者を。

 特定の種族が多数滅び、わずか数人しか生き残れなかった世界にはそのわずかな種族の者を。


 そうして全ての世界の善と悪の均衡を保つのが、転生を司る神々の役目である。


 が、転生させた魂が必ずも結果を出してくれるとは限らない。

 そもそも協力を確約しなければ、世界を救うために動いてさえくれないのだから、神の仕事はまず交渉から入る。

 世界に対してのメリット。それを成し遂げた時の転生者に対するメリットを提示し、納得させるのが最初の仕事だ。


「ようこそやって来ました……私は女神。女神イェリア。訳あって貴方をここにお招きした者。延いては貴方に、異世界の平和を護るため、その卓越した技術を――」

「断る」

「……はい?」


 ちゃぶ台。お茶菓子。高級茶。

 ここまで揃ったところで、状況を整理する。


 女神イェリアはとある世界を救うため、八八歳で老衰死したこの老人――雲霄うんしょう忠敬ただたか氏を招いた。

 が、答えはノー。まさかのノー。

 まだ世界の仕組みだとかいろいろと説明していないのにノー。これはさすがに予想外過ぎる。


「えぇ……改めてもう一度。貴方には――」

「何度言われても答えは同じ。御断り致します」

「貴方! まず自分が何をして欲しいのかわかってて――」

「私に求める技術など、生前培ったこの武術一つ。武で以て平和を成さんとするならば、敵を叩く他なく、敵を叩く事それ即ち戦い。神を名乗る少女よ。おまえが私に戦えと言うのなら、私はそれを断る」

「……理由を聞かせて貰っても?」

「神を名乗りながら、貴女は戦争を知らないのか。あれに、利益などない。あれに、得などない。ただの殺し合いに意味はないと、生き残った我々がどうして声高々と若き者達へ説いていると思うているのか。貴方は考えた事もないのですかな?」


 八八歳。

 第二次世界大戦を体験している歳。

 幼少期ではあろうが、人に語り聞かせるには充分な経験を積んで来たのだろう。そして言い方からして、家族含め、他人ひとには口を酸っぱくして語ったに違いない。


 だからこそ、彼は国の護身術を会得し、師範として道場を構えられる身にまでなった。

 後世にその術を伝え、戦うためではなく、護るための力を授けた人間。他人を倒すのではなく、自分を護るための武術を身に着けた、達人。


「貴方の武術が、護身術である事はわかっています。だからこそ、必要なのです。貴方を欲する世界には、自己防衛の術を持つ人がほんのわずかしか存在しません。それほどまでに平和だったのです。しかし平和だったからこそ、人々は争う術を知らなかった」

「ならば、神の御業とやらで何とかすればよろしい」

「私にそのような力はありません。仮にあったとしても、神が世界に対して直接干渉する事は御法度とされており――」

「ならば黙って静観されよ。私の世界でも、神と称される者達は静観されていた。そして多くの犠牲を払っている。私と貴女とがこうして会話している今も、世界が変換の最中だと言うのなら尚更の事。転生などと言う横槍を入れるくらいなら、傍観しているのが神らしいと言えよう」

「あ、貴方の力が、貴方の実績が必要なのです。貴方のような者をこれ以上増やさないためにも――」

「ならば! その無粋な横槍。神々は何故、私の世界には入れようとしない。四つの時代を生きた。戦争も経験した。災害も経験した。疫病も経験した。それでも何とか生き延び……幸運にも、寿命で死ぬ事が出来た私の世界に、何故神々は介入しない! 他所の世界があると言うのならば、何故その世界の技術を、術を、授けて下さらない! 何故その者を向かわせて下さらない! ……理不尽なのだよ。そして傲慢だ。神とは本当に、我儘に過ぎる」


 八八歳。

 大戦の記録から辿れば、大戦についての経験を直接語れる貴重な世代。

 大戦を経験し、避難生活を経験し、いつ殺されるかわからない恐怖を経験し、語り聞かせ、影響を与えられる数少ない世代。

 もうそんな時代にまで、来てしまった。


 転生させるのが比較的楽なのは、若者だ。

 転生や転移と言った概念を受け入れる器が出来ているし、理解能力も高い。

 適応出来るか否かはさておき、まず間違いなく応じてくれる。


 次に古い時代。

 戦争や戦いと言ったものが日常の中にさえ溶け込んでいそうな世代。

 彼――忠敬に合わせるなら、戦国時代か。そう言った人間は戦いに対する抵抗も薄いので、まだ納得してくれる。

 転生や転移、神と言った存在に対しての理解力は現代の若者より劣るが、メリットさえ示せれば応じてくれる事は少なくない。


 だがこの人は、戦争を知っている。平和を知っている。

 実際に経験し、体験し、戦いの凄惨さと平和の大切さの両方を直に感じて生きていた人間。

 世界では希少な存在だ。


 故に一番難しい。

 彼の性格も相まって、説得は困難を極めるだろう事は察するに難くない。


 だが、それでも欲しい。

 彼の技術が。

 人々を脅かす災害じみた生命から世界を護るために、彼の技術は絶対必要なのに――


「残念ながら、ご期待には沿えませぬ。他を当たりなさい」

「……見返りは――」

「見返りがあれば、受けてくれるとでも? 浅慮に過ぎる。仮にも女神を名乗るなら、もっと良く考えなさい。浅慮に世界など請け負うから、そんな不手際が生じるんだ。これ以上の話し合いは不毛。さっさと魂の輪廻へと戻してください。何なら勝手に転生とやらでもして、私を送りこめばいい」

「それでは意味がありません! 魂の輪廻は、記憶と経験を全て浄化し、新たなる魂として使うための――」

「そんな事、私には知った事ではありません。世界を作ったのが神々ならば、諸悪の根源を作ったのも神々だ。あなた方でどうにかすればよろしい」


 確かに、自分達の要求は身勝手だ。

 彼からしてみれば、横暴にさえ感じられるだろう。


 神々にとって、八八年など赤子の歳でさえない。

 しかし、ただ世界を傍観し、何もしないまま八八年生きた神など、彼からすれば赤子同然。それこそ無能に等しい。

 そんな温室育ちの神々が、自分の作った世界が上手く行かないから力を貸して欲しいなど、過酷な世界を生きて来た当人からすれば辟易するばかりの話であろう。


 戦争を知り、その後の平和までの道のりを知る雲霄忠敬という男にとって、他の世界の荒事にわざわざ首を突っ込んでいくメリットなど、見出せない。

 再び――それも前世より過酷な戦いになるやもしれぬ世界に身を置くなど、考えたくもなかった。


「貴方の武術は、一体……何のために……」

「貴女の力は、一体何のためにあるのです。世界に干渉出来ない? してはいけないと言う戒律がある? そんな戒律とさえ戦おうとしない神の戯言など、誰が聞くとお思いで? 自らを神と自称されるお嬢さん。まずは貴女が戦いなさい。私と同じ八八年。戦争を知り、平和を知り、世界を知り、全てを体験して来なさい。それくらいの度胸もなしに、助けて欲しいなどおこがましい」

「……わかりました。では貴方は、このままここに。神の世界と人の世界とでは、時の流れが異なります。貴方はそこで、私が過ごす八八年を見て下さい。その上で、判断して下さい!」

「……良いでしょう。こちらから言った手前、ここで引き下がるのは私の恥だ。良いでしょう。その案に乗りましょう。激動の時代を、生き残ってみせるがよろしい」


 と言う流れから、女神イェリアは転生した。


 紆余曲折あって立場が逆転してしまったが、しかし必ず成し遂げてみせる。

 異世界に平和を齎すため、激動を歩む世界を乗り切ってみせる。


「生まれました! 女の子ですよ!」


 これから、私が八八歳になるまでの長き道のりが始まるのだ。

 本当に、転生させる方も大変である。

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