第3話 頂上とその後
「ほら、ここが頂上だよ」
「…………」
ユヅキさんは嬉しそうに、すぐ前にある上りが下りに変わる地点を指差しているけれど、ぼくはあまりうれしくない。というのは、山の頂上は景色がいいものだと思っていたのに、頂上は背が高い木に囲まれていて、ぜんぜん景色が見えない。ユヅキさんが何分も前から『もうすぐ頂上だよ!』と何回も言っていたから、かなり期待していたのに。
「ふふ、君たち、殺風景だとか思っているでしょ。まあ、ついてきなよ」
ユヅキさんはそう言って、また歩き出してしまう。やっぱりユヅキさんは登山のプロで、単に山を登り切れたことがうれしいだけなのだろうか。
⭐︎
「わあぁぁぁ……」
と歓声を上げたのはチサだけど、ぼくも同じことをしたい気分だ。ユヅキさんの言ったことは間違っていなかった。ほんの少し歩くと、ぼくたちは美しい風景が下に見える場所に着いた。しかも、ずっと向こうには、キラキラ光る海が見えるのだ!
なんて言っていいのかわからないけれど、たぶんこれこそが、ユヅキさんが学校より大切だと言ったものだ。ぼくたちは、たぶんすごく遠くまで行くことができた。普通に学校に行っていれば絶対にできなかったことを体験できた。
「じゃあ、ここでちょっと休憩にしようか」
ユヅキさんはそう言って、そこにあったベンチに座ってしまった。ぼくも座ってゆっくりしようかと思ったけど、なぜか向こうにブランコとすべり台とジャングルジムと、その他ぼくたちに遊んでくださいと言っているように、大量の遊具が置いてあった。ぼくとチサはまんまとその罠にはまってしまって、疲れも忘れて一心不乱に遊びふけった。
どれくらい時間が経っただろう。ユヅキさんがぼくたちを呼ぶ声が聞こえた。
「二人とも、とっても楽しそうに遊んでいたわね。おかげでいい題材になったわ」
そんなことをユヅキさんは言い出した。ぼくたちは一瞬意味がわからなかったけれど、ユヅキさんが胸の前に持っていた板をひっくり返すと、なんと一枚の絵が現れた。
その絵には、ぼくとチサによく似た子どもが楽しそうに遊んでいる様子が描かれていて、絵の中のぼくたちの頭上には鮮やかな青空が広がり、そしてぼくたちの後ろには燦然と輝く海があった。
……もしかして、ユヅキさんはこの絵を描くために、ぼくたちをここまで連れてきたのだろうか? でも、その絵がすごくうまいことは事実だ。
「よーし、じゃあそろそろ帰るよ」
ユヅキさんはすぐそこに停まっていたバスに向かっていった。ここにはバスが通っていたらしい。ぼくたちは実は山登りをしないでもここに来れたわけだ。どちらがよかったのかは……よくわからない。それより、なんだか体が重い。遊びすぎたようだ。たぶんぼくはバスに乗ったら寝てしまうだろう。
⭐︎
そろそろ太陽が西に傾いてきたころ、ぼくたちはいつもの公園のあたりまで帰ってきていた。昨日何時間もぼくたちを苦しめた鉄棒が見える。でも、こんな冒険をした後は、なんだか鉄棒もちっぽけに見える。
ぼくが感傷に浸っていたとき、向こうからだれかが近づいてくるのが見えた。見ると、ぼくの同級生数人だ。
「おい、リュウにチサ! おまえら、なんで今日休んだんだ! 二人だけ逆上がりができないのが嫌で逃げ出したんだろう! やーい、ヘタレ、弱虫!」
とか言っている。だけど、ぼくはもう、彼らがぼくより小さく見える。逆上がりができるかどうかなんてどうでもいい。ぼくたちは今日、だれにもできないようなことをしたんだ。
「何言ってんの! 私できるわよ!」
チサがそう叫んで、鉄棒の方に走り出した。どうして急に自信をつけたのだろう。
「……あれ?」
ぼくは驚いてしまった。というのは、チサはあまりにも簡単に、鉄棒を後ろ向きに一回転してしまったからだ。今になって成功してしまうなんて。そりゃあ、チサが逆上がりができたのは嬉しいけれど……。
「これって、ぼくもやる流れだよな……」
結局一人だけ負け組か……とか考えながら、ぼくも鉄棒に向かう。……確かに、前にこの鉄棒を握ったときより、ぼくの体に力があるような気がする。帰りのバスの中でよく眠ったから、疲れてはいない。
「えいっ!」
地面を蹴って、同時に腕に力を入れて、体を上に上げる。それが意外に簡単だということに、ぼくは今になって気づく。すぐにぼくは一回転して、縦向きになる。同級生たちが口をあんぐり開けているのが見える。
「……いくら今できたからって、学校を休んだのは事実だからな! さあ、いったい何をしていたのか、今すぐ詳しく話せ!」
同級生たちはそうやって難癖をつけてきているけど、ぼくにはもう彼らの気持ちがわかる。結局。彼らはそれが一番気になっていたのだ。ということは、これはぼくたちの勝ちだ。せっかくだから、少し怖がらせてやろう。
「そうだなあ……。あの向こうに見える山を登るのがどんなに大変か、知っているか?」
鉄棒とピクニック 六野みさお @rikunomisao
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