陰陽師の祖父は暗号を残して旅立つ
吉岡梅
第1話
祖父が残した暗号を手に、
「うわ、すご。お爺ちゃん、こんな場所も使ってたんだ。わ、押さないでよ」
「久しぶりに来たな。
小灯を押し上げ、式神の
「文句言わないで探す。悠希はやっぱり心当たり無いの?」
「アイツとは長い付き合いだが、もう20年近く本家には来てないんだぞ? 誰かさんが産まれた時からお世話させられてたからな。無茶言うな」
「はいはい。その節はお世話になりましたー。それにしても、この暗号どういう意味なんだろう」
3年前、小灯は病床に伏していた祖父から1通の手紙を手渡された。陰陽師である祖父は「私の88歳の誕生日にこの手紙を開きなさい」と言い残し、それからしばらくして旅立った。
そして今日がその日、旅立った祖父が88歳になる日。封書を開いてみると、そこには一つの暗号が記されていた。
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我ガ塒ヲ訪レシ長タル者、米寿ノ科人ヨリ材料ヲ奪イ弟ヘ手向ケヨ。
小サキ宝、基ニ有リ
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祖父の残した小さき宝。とある。一体なんであろうか。冒頭の「我ガ
「『長タル者』、は家長の事かな。『米寿ノ科人』……?」
「どれどれ。これは『とがにん』だな。罪人だとか、犯罪者という意味だが」
「米寿は88歳の事だよね。てことは88歳の罪人? 年齢から言うと、お爺ちゃんの事なのかな。ひょっとして、過去になにか犯した罪を告白しようとしてるのかな」
「友矩はそんな
小灯は、軽口を叩く悠希を軽く睨んだ。
「『米寿ノ科人ヨリ材料ヲ奪イ』、か。お爺ちゃんかもしれない人から、何かを奪う? なんだろう。陰陽術に使う何かの
「いや、違うだろう。お前にこの手紙を渡したという事は、その時既に、友矩はこの場にいないと覚悟を決めていたと思っていい。であれば、『奪う』というのは友矩の何かではなく、純粋に暗号の中の何かの確率が高い」
暗号の何か。「米寿の科人」から「材料」を奪うということか。いったいなんだろうか。小灯が考え込んでいると、その頭の上から悠希が覗き込む。
「普通、『科人』は『
「わざわざ珍しい字を……。そうか。その漢字を使う事に意味があるという事ね。漢字……漢字。あ!」
小灯はメモ用紙に『米寿ノ科人』、その隣に『材料』と書きつけた。
「『米寿ノ科人』から『材料』を奪えばいいんじゃない? つまり、同じ漢字を」
まず、『料』の字だ。『米寿』の『米』と『科人』の『斗』部分で『料』になる。いける。……と思ったが、『材』の字のパーツが見当たらなかった。
「あれー? 違うのかな」
「ふむ。考え方はいいんじゃないか。友矩が好きそうな暗号だ。だが、あいつはもっと捻くれたパズルみたいな方が好みの気がするがな」
「パズル……か。うーん。『米寿』の方がまだ何かあるのかな。米寿、88歳。あ、こうかな?」
今度は、『八十八才ノ科人』と書きつけ、先ほどと同じように『材料』のパーツを拾っていく。
「『八十八』は3文字合わせて『米』にして、『斗』と合わせて『料』。ここまではさっきと一緒だね。問題は『材』。えーと、『木』は、『科』から『斗』を使って残った『
『材料』を取り除いた結果は『ノノ人』となった。
「ノノ
「やれやれ。わからんのか。『ノ』を『人』と並べるんだよ」
「え、『ノ』2つを『人』と並べると……『火』!?」
思わず悠希を振り返ると、その通りと言わんばかりに頷いている。
「よし。次は『弟ヘ手向ケヨ』? 『火』を『弟』に向ける? 何かに火を点けろってことなのかな。あ! ランプ!?」
小灯はベッド脇のランプの元へと駆け寄った。
「あれ。これ電気式だね。『火』を点けるって感じじゃないけど」
スイッチをオンにしてみたが、パチリと音がして明かりがついただけだった。
「何も変わってないね。あれー」
「ふむ。『弟』というのがカギじゃないのか。弟と言うからには兄があるのだろう。小灯、『兄弟』、そして『火』というと何が思い浮かぶ? 陰陽師の跡取りさん」
「兄弟と火……。陰陽……。そうか!
十干。甲・乙・丙・丁・戊・己・庚・辛・壬・癸の10からなり、五行・陰陽思想と併せ、2つずつの組み合わせを木・火・土・金・水の陽と陰に割り当て循環過程を表したり、方角や角度、時刻を表すのにも用いられる考えだ。
そして日本では古来より「陽・陰」にそれぞれ「兄・弟」の字を割り当てている。例えば、「
「『火』の『弟』、つまり『
「だな。そして『長タル者』を『丁』に『手向ケヨ』という事は、『長い何かを丁の向きに動かせ』ということだ」
「向き。方位・方角……。長い何か。過程……。部屋にある物……。そうか! 時計ね! 時計の長針を『丁』、えーと、時刻は24時間単位だから
小灯は急いで時計の下へと向かったが、手が届かない。後ろから悠希がひょいと
身を乗り出し、鳩時計に手をかける。
「俺が動かそうか?」
「ううん。私にやらせて。椅子を持ってきて……と。これでどう?」
止まっていた時計の針をいったん0時に揃えると、カチリと小さな音がした。そこから長針をぐるぐる周して時間を進め、午後一時の位置で止める。すると、ご……ごご。と何かが軋む音が鳴り、鳩時計からひとつの小箱が差し出された。箱の周りには謎を解いたことを祝うかのように、和紙の小鳥が楽しげに
「やった! 合ってたみたい!」
「どれどれ。友矩はお前に何を置いてったんだ」
小箱を開けると、そこには大粒の紅玉のネックレスが入っていた。
「綺麗……。『小サキ宝』ってこれのことだったのね」
「これはこれは。付呪の紅玉とは。とんでもない物を」
「悠希、知ってるの? ってあれ。電話。誰だろう。はい」
スマホを耳に当てると、スピーカーから浮かれた声が響き渡った。
「小灯ちゃん! 20歳おめでとう! いやっほー」
「ええええ。お爺ちゃん!」
「そして儂の考えた暗号も見事解いたようじゃな。さすが儂の孫。うむうむ。土御門家もこれで安泰じゃ。おっと妖怪が。邪魔するな」
スマホの向こうから、ぐぇ! と悲鳴が聞こえる。
「ちょっと! 仕事中なの? 大丈夫なの」
「大丈夫大丈夫。いやな、妖怪どもの相手をしとったら、式がな、小灯ちゃんが暗号を解いたって知らせてくれたんじゃよ。嬉しくて嬉しくて」
「もー、相変わらずなんだから。気を付けてよ。あ、それからお爺ちゃん、米寿の誕生日おめでとう!」
「なんと! ワシのお祝いまで! ありがとうありがとう。これで百歳までは現役でいられるわ。ゴールデンウィークまでには沖縄から帰るから、楽しみにしとってな。それじゃ、ちょっと
嵐のようにお祝いを告げられると、友矩からの電話が切れた。
「まったくもう。お爺ちゃんったら」
「元気そうで何よりだ」
「もう。歳なんだから無茶しないで欲しいよ」
「よほど嬉しかったんだろ。小灯、お前、気づいてるか。友矩の宝物に」
「え、だからそれはこの紅玉のことじゃ」
小灯がペンダントを見せると、悠希はやれやれと首を振った。
「いいか。『火』に『丁』の字、そして『小サキ宝』の『小』だ」
「小に火に丁……それって、『
「ああ。そうだ。まったく友矩らしいな。お前がアイツの宝物なんだとよ」
悠希は肩をすくめて笑った。小灯は何と言っていいかわからずに、とりあえずその肩をぶってみせた。
―了―
陰陽師の祖父は暗号を残して旅立つ 吉岡梅 @uomasa
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