陰陽師の祖父は暗号を残して旅立つ

吉岡梅

第1話

祖父が残した暗号を手に、小灯あかりは屋根裏部屋へと続く階段を登った。顔を出し、薄明りに越しに部屋を覗く。大きなベッド、サイドテーブル上には骨董品アンティーク洋灯ランプ。壁にはこれまた古めかしい鳩時計がかけられ、その脇には大小様々な本棚が並び、重そうに本を抱えている。


「うわ、すご。お爺ちゃん、こんな場所も使ってたんだ。わ、押さないでよ」

「久しぶりに来たな。友矩とものりは呪術オタクだったからなあ。これでもずいぶん断捨離した方だ。にしても、天井低いな」


小灯を押し上げ、式神の悠希はるきも顔を出す。長身を丸めて三角天井をコンコンと掌で叩き、ぶつぶつ文句を言っている。


「文句言わないで探す。悠希はやっぱり心当たり無いの?」

「アイツとは長い付き合いだが、もう20年近く本家には来てないんだぞ? 誰かさんが産まれた時からお世話させられてたからな。無茶言うな」

「はいはい。その節はお世話になりましたー。それにしても、この暗号どういう意味なんだろう」


3年前、小灯は病床に伏していた祖父から1通の手紙を手渡された。陰陽師である祖父は「私の88歳の誕生日にこの手紙を開きなさい」と言い残し、それからしばらくして旅立った。


そして今日がその日、旅立った祖父が88歳になる日。封書を開いてみると、そこには一つの暗号が記されていた。


---

我ガ塒ヲ訪レシ長タル者、米寿ノ科人ヨリ材料ヲ奪イ弟ヘ手向ケヨ。

小サキ宝、基ニ有リ

---


祖父の残した小さき宝。とある。一体なんであろうか。冒頭の「我ガねぐら」とは、恐らく祖父が暮らし、そして寝室としていた本家の屋根裏部屋のことだろう。そう見当を付け、ボディガード兼運転手の悠希と一緒にやってきたのだった。


「『長タル者』、は家長の事かな。『米寿ノ科人』……?」

「どれどれ。これは『とがにん』だな。罪人だとか、犯罪者という意味だが」

「米寿は88歳の事だよね。てことは88歳の罪人? 年齢から言うと、お爺ちゃんの事なのかな。ひょっとして、過去になにか犯した罪を告白しようとしてるのかな」

「友矩はそんな性質タマじゃないぞ。黙ってるか、むしろ自慢するタイプだ」


小灯は、軽口を叩く悠希を軽く睨んだ。


「『米寿ノ科人ヨリ材料ヲ奪イ』、か。お爺ちゃんかもしれない人から、何かを奪う? なんだろう。陰陽術に使う何かのしろかな」

「いや、違うだろう。お前にこの手紙を渡したという事は、その時既に、友矩はこの場にいないと覚悟を決めていたと思っていい。であれば、『奪う』というのは友矩の何かではなく、純粋に暗号の中の何かの確率が高い」


暗号の何か。「米寿の科人」から「材料」を奪うということか。いったいなんだろうか。小灯が考え込んでいると、その頭の上から悠希が覗き込む。


「普通、『科人』は『とがめる』の方の漢字を使って書くんだがな。なぜわざわざ『科学』の『科』の方を使っているんだろうな」

「わざわざ珍しい字を……。そうか。その漢字を使う事に意味があるという事ね。漢字……漢字。あ!」


小灯はメモ用紙に『米寿ノ科人』、その隣に『材料』と書きつけた。


「『米寿ノ科人』から『材料』を奪えばいいんじゃない? つまり、同じ漢字を」


まず、『料』の字だ。『米寿』の『米』と『科人』の『斗』部分で『料』になる。いける。……と思ったが、『材』の字のパーツが見当たらなかった。


「あれー? 違うのかな」

「ふむ。考え方はいいんじゃないか。友矩が好きそうな暗号だ。だが、あいつはもっと捻くれたパズルみたいな方が好みの気がするがな」

「パズル……か。うーん。『米寿』の方がまだ何かあるのかな。米寿、88歳。あ、こうかな?」


今度は、『八十八才ノ科人』と書きつけ、先ほどと同じように『材料』のパーツを拾っていく。


「『八十八』は3文字合わせて『米』にして、『斗』と合わせて『料』。ここまではさっきと一緒だね。問題は『材』。えーと、『木』は、『科』から『斗』を使って残った『のぎ』の『木』の部分でいけるんじゃない? それと『才』で『材』。できた! えーと、残ってるのは……」


『材料』を取り除いた結果は『ノノ人』となった。


「ノノじん? なにそれ。そんな妖怪いたりする?」

「やれやれ。わからんのか。『ノ』を『人』と並べるんだよ」

「え、『ノ』2つを『人』と並べると……『火』!?」


思わず悠希を振り返ると、その通りと言わんばかりに頷いている。


「よし。次は『弟ヘ手向ケヨ』? 『火』を『弟』に向ける? 何かに火を点けろってことなのかな。あ! ランプ!?」


小灯はベッド脇のランプの元へと駆け寄った。


「あれ。これ電気式だね。『火』を点けるって感じじゃないけど」


スイッチをオンにしてみたが、パチリと音がして明かりがついただけだった。


「何も変わってないね。あれー」

「ふむ。『弟』というのがカギじゃないのか。弟と言うからには兄があるのだろう。小灯、『兄弟』、そして『火』というと何が思い浮かぶ? 陰陽師の跡取りさん」

「兄弟と火……。陰陽……。そうか! 十干じっかんね!」


十干。甲・乙・丙・丁・戊・己・庚・辛・壬・癸の10からなり、五行・陰陽思想と併せ、2つずつの組み合わせを木・火・土・金・水の陽と陰に割り当て循環過程を表したり、方角や角度、時刻を表すのにも用いられる考えだ。


そして日本では古来より「陽・陰」にそれぞれ「兄・弟」の字を割り当てている。例えば、「木の兄きのえ」は「甲」となり、「木の弟きのと」は「乙」となる。


「『火』の『弟』、つまり『火の弟ひのと』は十干では『てい』。ね」

「だな。そして『長タル者』を『丁』に『手向ケヨ』という事は、『長い何かをに動かせ』ということだ」

「向き。方位・方角……。長い何か。過程……。部屋にある物……。そうか! 時計ね! 時計の長針を『丁』、えーと、時刻は24時間単位だから二十四方にじゅうしほうで考えるとすると『丁』は14番目。0時が1番目だから、1周回って13時、つまりは午後1時。そこに動かせばいいのね」


小灯は急いで時計の下へと向かったが、手が届かない。後ろから悠希がひょいと

身を乗り出し、鳩時計に手をかける。


「俺が動かそうか?」

「ううん。私にやらせて。椅子を持ってきて……と。これでどう?」


止まっていた時計の針をいったん0時に揃えると、カチリと小さな音がした。そこから長針をぐるぐる周して時間を進め、午後一時の位置で止める。すると、ご……ごご。と何かが軋む音が鳴り、鳩時計からひとつの小箱が差し出された。箱の周りには謎を解いたことを祝うかのように、和紙の小鳥が楽しげにさえずり、飛び回る。


「やった! 合ってたみたい!」

「どれどれ。友矩はお前に何を置いてったんだ」


小箱を開けると、そこには大粒の紅玉のネックレスが入っていた。


「綺麗……。『小サキ宝』ってこれのことだったのね」

「これはこれは。付呪の紅玉とは。とんでもない物を」

「悠希、知ってるの? ってあれ。電話。誰だろう。はい」


スマホを耳に当てると、スピーカーから浮かれた声が響き渡った。


「小灯ちゃん! 20歳おめでとう! いやっほー」

「ええええ。お爺ちゃん!」

「そして儂の考えた暗号も見事解いたようじゃな。さすが儂の孫。うむうむ。土御門家もこれで安泰じゃ。おっと妖怪が。邪魔するな」


スマホの向こうから、ぐぇ! と悲鳴が聞こえる。


「ちょっと! 仕事中なの? 大丈夫なの」

「大丈夫大丈夫。いやな、妖怪どもの相手をしとったら、式がな、小灯ちゃんが暗号を解いたって知らせてくれたんじゃよ。嬉しくて嬉しくて」

「もー、相変わらずなんだから。気を付けてよ。あ、それからお爺ちゃん、米寿の誕生日おめでとう!」

「なんと! ワシのお祝いまで! ありがとうありがとう。これで百歳までは現役でいられるわ。ゴールデンウィークまでには沖縄から帰るから、楽しみにしとってな。それじゃ、ちょっと酒呑すてんとっちめてくるわ。またねー」


嵐のようにお祝いを告げられると、友矩からの電話が切れた。


「まったくもう。お爺ちゃんったら」

「元気そうで何よりだ」

「もう。歳なんだから無茶しないで欲しいよ」

「よほど嬉しかったんだろ。小灯、お前、気づいてるか。友矩の宝物に」

「え、だからそれはこの紅玉のことじゃ」


小灯がペンダントを見せると、悠希はやれやれと首を振った。


「いいか。『火』に『丁』の字、そして『小サキ宝』の『小』だ」

「小に火に丁……それって、『小灯わたし』?」

「ああ。そうだ。まったく友矩らしいな。お前がアイツの宝物なんだとよ」


悠希は肩をすくめて笑った。小灯は何と言っていいかわからずに、とりあえずその肩をぶってみせた。



―了―

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