第24話

「えっ?」


 二つに断ち切られたかと見えた鬼の上半分は、いったんは頭が地につくほど傾いたが、すぐにゆらりと持ち上がり、元の場所に戻ってきた。

 ガチガチと鳴る鬼の赤く濡れた歯が、竜馬を嘲笑っているようだ。


(どうして!)


 竜馬の刀は何度も鬼を斬った。腕を足を胸を、斬った。突いた。でも、どうしても倒せない。山犬の時に味わったのと同じ、確かな手応えがあるのに、倒すどころか致命傷を与えることさえできない。

 よく見ると、鬼の身体は斬られた端からじわじわと傷口が塞がっていた。


「不死身かよ!」


 戦い方を変えなければ負けると思った。

 竜馬はとっさに大きく後ろに飛んだ。意図した以上に鬼との距離が離れて、自分でもびっくりする。神隠し以後、身体能力が恐ろしく高くなっていた。おそらく竜馬がその気になれば、屋根の上にも木の天辺にも軽々飛び移れるだろう。


「首から上を狙え!」


 一巳の鋭い声が飛んできた。


「そいつの身体は御神木でできてるんだろ。だから、竜馬には斬れないんじゃないのか。お前の刀も神様に授けられたものだとしたら、同じ属性だから互い干渉できる度合いが弱いのかも」

「確かに……。ただし、首から上は別ってわけだ」

「もともとのこいつの持ち物。つまり、首から上が本体だ」


 一巳の気持ちはどうあれ、身体は戦いに加わりたくてうずうずしているのがわかる。その証拠に一巳の闘志に呼応するように、両足があの淡い光に包まれていた。


(これ以上、長引かせるのはまずいな)


 竜馬はチラリと別棟の平屋を見やった。さっきから美夜の眠る場所に近すぎることが気になっていた。


「ヴヴヴヴヴ!」


 昆虫の羽音に似た気味の悪い唸り声を撒き散らしながら、鬼が突進してくる。人間の身体など簡単に引きちぎりそうに太い腕を振りかざし、つかみかかってくる。


「一巳!」


 高く飛んで鬼の後ろに回った竜馬に、一巳も負けない跳躍力で続いた。

 肩を並べた一巳に竜馬は言った。「お前があいつを引き付けてくれ」


「俺が?」

「その間に俺が頭を斬り落とす。それが一番手っとり早い」

「でも、俺は……」

「能力を使えとは言ってねぇよ。いつものお前で十分だ。俺の相手をしてきた一巳なら、特別な力なんかなくたってやれるだろう?」

 竜馬はニッと笑った。

「少しの間でいいんだ。できるだろ、お前なら」

「わかった」

 一巳もニッと、怖いもの知らずの笑みを返した。


 竜馬が一歩引き、かわって一巳が前へ出た。


 敵は妖しい力を持った怪物だ。たとえ短い間でも、人間が丸腰で戦っていい相手ではない。それでも竜馬は一巳を信じる。信じて命を預ける。一巳も竜馬の気持ちを知ったからこそ、覚悟を決めてくれたのだろう。


(師匠! 師匠の教えてくれたこと、やっとわかりました!)


『相手の強さを認めなければ、侮っているうちは、お前は先には進めないぞ。切磋琢磨と、ただ争い、競い合うのとは違う』


 蘇った師匠の声が、竜馬を励ましている。


「竜馬! やれ!」


 肉弾戦、上等! だ。策は弄せず正面切って鬼と組み合った一巳も、竜馬を叱咤する。


 竜馬は両刀を構えた。一巳が首から下の動きを押えてくれているその隙に、頭の付け根━━御神木に邪魔されないラインを狙う。


「━━っ!」


 その瞬間━━竜馬の刀は巨大なハサミになった。左右の刃が交差し、鬼の頭が跳ね飛んだ。

 だが、これで終わりでなかった。一瞬でも早く本体である頭そのものを潰さなければ、息の根は止められない。


(早く━━!)


 竜馬は右腕を、瞬時に細く鋭い錐の形に変えた。

 足元に転がった頭を串刺しにしようとした。


「━━!?」


 頭が予想外の動きをした。力を失いただの石ころと化したかに見えたそれが、突然、ゴキブリみたいに地面を高速で逃げたのだ。

 すぐさま追いかけ竜馬がふるった二刀目は、しかし、鬼の黒髪を数本散らしただけだった。


 頭は逃げた!

 今度は上空へと高く!

 

 たった今、打ち上げられたロケットのようにあっと言う間に豆粒になり見えなくなった頭を、竜馬の視線が唖然と追いかける。


(っざけんな! 逃げんじゃねぇ!)


 竜馬は逃げられたと思った。

 だが、そうではなかった。

 頭は戻ってきた。しかも、昇っていった時の何倍ものスピードで!


 それが意図したものなのか、不幸な偶然なのかはわからない。

 一本の光の線となり戻ってきた鬼の頭が落ちたのは、大切な人の眠る家だった。

 轟音とともに屋根が壊れ、壁が吹き飛ぶのが見えた。


「美夜さん!」


 心臓が氷に押しつけられたように、縮こまった。竜馬の全身から音をたてて血の気が引いていった。

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