第22話

「説得……?」

「由良さんに頼まれたのか?」

「お前を説得……? いや……、違う。そうじゃない」

 竜馬は我知らず首を横に振っていた。自分がどうしたいのか。竜馬は胸に渦巻く思いにじっと目を凝らす。


 今夜、竜馬が一巳を訪ねたのは、チームの仲間になってほしいからではなかった。ただ、心配だったのだ。由良に「俺はごめんです」と返事をした時の一巳を見て、おかしいと感じた。絶対に何かあると思った。


 今ならわかる。一巳があの時覗かせた、思い詰めた表情の意味が。なぜ関わり合いになりたくないと思ったのかも。

 一巳は美夜を巻き込みたくないのだ。もし自分が死んでしまったら、残された姉はどうなるのか。生死もわからないような今の美夜を託せる相手はいない。


「仲間にならなくていい。一巳は美夜さんのそばにいてやれ」

「え?」

「俺がお前の分も戦う。そして、絶対に勝って褒美をもらう」

「褒美?」

「美夜さんをもとに戻してもらうんだ」


 竜馬の言葉がよほど思いがけないものだったのか。一瞬ポカンとした一巳は、どう考えればいいのか、戸惑う表情に変わった。


「戻る保証はない……よな」

「保証はないし確証もないけど、考えてることはあるんだ」

「なんだ?」

「うん……。裏歴史のことだよ。バトルとかプレイヤーとかヒーローチームとか。こっちは死ぬかもしれないのに軽すぎるって思わないか?」

「ああ……。まあ、それは思う」

「由良さんが番組で言ってただろ。これは日本を盤上に見立て、選んだ人間を駒に戦わせるゲームなんだって。やつらにとっては、すべて遊びなんだよ。この国がどうなろうが、最初っから関心なんかないんだ。楽しければいいんだ。やつらの正体は不明だけど、そこだけは間違いないと思う。だって……」


 竜馬は言葉を途切らせた。ふいに蘇ってきたものがあったからだ。


「だって、俺とお前と姫野が聞いたあの声さ。タタカエってやつ。笑ってたよ。楽しくて堪らないの我慢して、わざともったいぶってしゃべってる感じだった」


 一巳も何か思い当たることがあったのだろう、はっきりと頷いた。


「でも、それと姉さんとどんな関係があるんだ?」

「やつら、ゲームを面白くするためならなんだってしそうじゃねぇ?」

「え……」

「このタイミングで美夜さんがああなったのが、気になるんだ」


 一巳の目がハッと大きくなった。竜馬がなにを言いたいのか、気がついたのだ。

 予測不可能な展開や面白いハプニングが生まれるのを期待して、手駒の周囲にストレスの種を撒いたとしたら? あるいはこの先、目覚めない美夜の存在そのものが、ゲームに新たなイベントを生むのかもしれない。


「もし、美夜さんをあんなふうにしたのがそいつらなら……」

「当然、元にも戻せるってわけか」


 竜馬の考えに確証はない。だが、信じた方が前に進めると吹っ切ったのだろう。一巳の顔に明るい色が差してきた。


「一巳、俺は強くなりたいんだ。自分がどこまで強くなれるのか、可能性を試してみたい」


 竜馬は一巳と話をするうち、次第次第に自分の意志が固まっていくのを感じていた。迷いが残るがゆえに揺らいでいた決意が、心にしっかり根を張ったものへと変わっていく。


「大事な目的ができたんだ。その目的達成のために強くなるのなら、誰にも文句は言わせない」


 竜馬にとっては国を守るよりも美夜を守る方がよほど重たく、必ず達成しなければならない大切な目的だった。


「絶対に勝利して、最後はそのふざけた野郎を引きずり出さないとな。俺たちの見えるところに連れてきて、一巳の分もぶん殴ってやる」

「竜馬……」


 一巳は不敵な笑みを浮かべる竜馬を見ている。使命感を持つことでさらに燃え上がった力への渇望が、竜馬の熱が、一巳にも伝わった。

 一巳が熱い息を吐き出した。静かに眠り続ける姉の顔を見、自分の拳を見た。


「……竜馬。俺……」


 思い切ったように口を開いた一巳は、最後まで言い終わらないうちに竜馬と顔を見合わせた。庭の方で異様な音がしたからだ。


「なんだ、今の?」


 ズズン!


 低い地響きを伴うその音は、まるで何かが踏みならす重たい足音のようだった。

 嫌な予感がした。

 二人は先を争うようにして部屋を飛び出していた。

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