第10話
一巳が大きく息を吐き出す。軽く頭を振り、そうやって自分のペースをなんとか取り戻そうしている。
「自分の身体で体験したからには、神隠しが現実にあるのは認めざるをえないとして。このとんでもない事態を招いたのはお前じゃないのか? 竜馬が神様と修行したいなんてラブコールを送るから。あれ、百パーセント本気だったよな」
竜馬が真っ先に反応したのは、修行の二文字だった。
「ひょっとして一巳も意識をなくしてる間、師匠に稽古をつけてもらう夢を見たのか?」
「師匠? いや……、師匠は出てこなかったな。でも、恐ろしく強い誰かと無理やり試合をさせられたような……。……試合? 違うな。稽古でもないし……。真剣勝負でギリギリまで追い込まれて、こちらの実力を測られた気分だ」
「そうか……。そうだな。俺もそんな気がした」
竜馬の相手は師匠だったが、あれは師匠への思いに脳味噌だけが浸っていた気がする。実際、刀を合わせて自分を散々叩きのめしたのは、得体のしれない「何か」。あの不思議な声の主ではないだろうか?
「お前といると、またさらわれそうな気がしてきた」
「ああ?」
「トラブルメーカーなのは昔からだが、こんな突拍子もない事件に巻き込まれるとは」
「最初に神隠しの話を持ち出したのは、一巳だろうが!」
竜馬にもいつもの調子が戻ってくると、また一巳に呆れられるとわかっていて、一番の不満が口をついて出た。
「お前のせいで、よりにもよってこんな気味の悪い場所で目が覚めるハメになったんだぞ。最悪だ」
相手がやくざだろうが極悪プロレスラーだろうが、まったく怖じ気づく気のしない竜馬だが、幽霊や妖怪の類は苦手なのだ。起こってしまったことはしかたがないとして、こんな都市伝説スポットに飛ばされるとは気分は最低だった。
軽装でのハイキングが楽しめる犬首山に人気がないのには、理由があった。山の名の由来にもなっている伝説が、人々の足を遠ざけているのだ。
何百年も昔の、この地方が大きな飢饉に何度も見舞われた時代の話だ。飢えた山犬の群が、村人や通りかかった旅人を襲うようになった。山犬たちは人間のやせ衰えた身体より、好んで頭を食べた。そのため山のなかには首無し死体がゴロゴロ転がっていたという。
食い殺された死者たちの霊が山のなかを彷徨っているのを見た、という者がいる。人を食って化け物になった山犬が、今もまだこの山のどこかに潜んでいるとの噂まで、まことしやかに流れている。
おかげでこんなに見晴らしがいいのに、転落避けの簡易な柵と外灯がひとつあるだけ。ここまで登ってくる道も雑草と石ころだらけで、展望台と呼ぶにはお粗末な整備しかされていなかった。竜馬も中学の頃、野外学習の一環としてお化け杉を見に来た一度きりだ。
「早く帰ろうぜ。ここにいる方が、また悪いことに巻き込まれそうな気がする」
さっさと夜景に背を向けた竜馬が、山道へ向かおうとした時だった。
「待て!」
一巳が鋭く囁き、竜馬の腕を掴んだ。
「何かいる……」
一巳の指にこめられた力が、竜馬を一瞬で緊張させた。
展望スペースを囲む緑が不気味に揺れていた。二人が気づくのを待っていたかのように、あちらからもこちらからも葉のざわめきが湧き起こる。やがて暗い繁みを踏み潰し、姿を現したモノを見て、
「「嘘だろ!」」
二人はまたしても一緒に声をあげていた。
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