第9話
「痛……っ」
頭の芯に走る鋭い痛みに、竜馬は顔をしかめた。投げ出した手足の重さに、仰向けに寝転がっている自分に気がつく。猛稽古をした後のように、身体中あちこちが軋んだ。関節という関節がバラバラになりそうに疼いている。
唸るほど眉間に力を込め、これもまた重たい瞼をどうにかこじ開けた。
(? ……空? え……? 星か?)
頭上に広がるのが夜空だと知った瞬間━━竜馬は気を失う前、自分がどこで何をしていたのか思い出した。
飛び起きたとたん、青臭い匂いが鼻をついた。見回せば、あたり一面雑草が地面をのたくっていた。竜馬が身動ぐと、梅雨先の湿った土の香りも一緒に立ちのぼってきた。
「一巳……?」
すぐそこに一巳が立っているのに気がついた。稽古着の背をこちらに向けている。
彼の視線の先に、チカチカ白やオレンジ色に瞬くたくさんの光が見えた。
一度両手で頰を張り、しっかり目を覚ました後、改めて眺めると、それは大小のネオンサインや家々の窓明かりだった。眼下に夜の街の景色が、遠く都心の方へと続いていた。
「ここ、どこだ? 道場にいたはずなのに……」
「犬首山だ」
一巳は竜馬を振り返らないまま、斜め後ろを指差した。竜馬はあたりを窺いながらゆっくり立ち上がると、そちらを見た。
お化け杉だ。樹齢六百年とも八百年とも言われるこのあたり一帯で一番老齢の杉の古木が生えているのが、犬首山だった。
「お前が連れてきたのか?」
「まさか……」
一巳は呆然として立ち尽くしている。声にまで、日頃の彼らしくない狼狽の色を滲ませている。竜馬は一巳も自分と一緒に道場で気を失い、たった今、目が覚めたばかりなのだと察した。
一巳が竜馬を隣に呼んだ。
「あれを見ろ」
肩を並べた竜馬に、一巳が次に指差したのは、地元民にはランドマークとして親しまれている電波塔だった。
「あれがなに?」
「わからないのか。ライトの色、緑なんだぞ」
「うん?」
「ライトアップの色だ。土曜までは青、緑は日曜だけだろ。俺たちが道場で稽古してたのは何曜日だ?」
「何曜日って、今日は月曜だろう? ……ん? えっ?」
竜馬は、はたと一巳と目を合わせた。
「俺たち、意識なくして六日も経ってんのか!」
「しかも、目が覚めたらまったく覚えのない場所にいた」
二人は同時に同じ言葉を呟いていた。「マジ、神隠しかよ」と。
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