第5話 浸蝕インマニュエル
「
「ああ」
「化け物とも文学談義出来るかなあ」
「俺は止めねえが」
早歩きで街の人々をすり抜けつつ、
たまにすれ違う女性らがカメラで二人を撮ってSNSに投稿している。元々文人として名を馳せていた藤村は、このお役に就くなり雑誌にも取り上げられ、一躍有名人となった。
化け物退治に選出される者は大体五十組程度である。任期は一応三か月と極まっている。欠けた分は随時新しく選出される。
といえど、他はほとんど一般人であり、ここまで名が知れることは無い。藤村の場合は、元々の人気に拍車が掛かっただけである。
今里はその巻き添えを食らい、藤村と共によく写真を撮られていた。そのうちに隣の好男子は誰だ、と話題に上がり、素性も知れぬうちにファンが出来てしまったというわけだ。
化け物が居たのは、今まで森の中や廃墟の奥であった。
しかし今回はデパートメントストアの五階に出たという。結構な騒ぎである。
化け物は此方から刺激せねば暴れぬゆえ、店員が取り急ぎ立ち入り禁止の処置を取ったが、一人、若者が好奇心で中に入り込み、スマホで撮影しようとした途端、長い両腕で殴られて負傷した、とのこと。
建物の前に着くと、警官が立ち入り禁止のテープの前で人々を追い払っていた。通りかかる野次馬がなんだなんだと覗き込む度に警棒で威嚇されている。
警官らは二人に気付くなり敬礼をした。そう躾けられているのだろう。
「これは。当地区担当の電子隊様」
「ああ、どーもご苦労様ですー」
警官の一人は「電子隊」と二人を呼んでねぎらった。藤村は適当に応ずる。まるで自分が社会の中で、警官と対等かそれ以上の大層な身分に就いているような風で。
電子隊、とは、化け物退治に無差別選出された彼等を政府が非公式に形容する際の呼び名だ。電子銃で退治するから電子隊、との安直なネーミングだろう。政府にとって、それを操るのが誰かはさしたる問題でない。電子銃で化け物を撃てれば誰でもいい。それゆえ無差別選出なのだ。
「どうかお気を付けて」
「へーい」
「はっ」
警官の見送りを後にし、藤村は間延びした会釈を、今里は気の引き締まった敬礼を返して入口へと向かった。
店内からは物音ひとつしない。ただ小さく店内BGMが掛かっているだけだ。
「ほんとに居んのかねー。五階だって?今何階……」
「二階だ」
エレベーターは念の為使うなとの指示が入っている。階段でお目当ての場所まで駆ける。
以前の藤村ならばこの辺りで音を上げていただろう。幸い、「電子隊」に選出されてからは駆ける機会も増え、この階段程度なら辛くなくなった。本人にとっては新鮮な感覚である。自分の体力の向上を一人で感じていた。
五階は婦人服売り場だった。開けた視界に、一部投げ倒されたような服の束と、40m程先に佇む化け物の光が見えた。白昼であり、店内のライトも付きっぱなしだが、化け物の発する緑色の仄かな光は遠目にもよく見える。
二人は静かに銃を抜き取り、向こうへ照準を合わせて構えた。
所々でマネキンや服の棚が倒れ伏しているため、幸い化け物の姿を認めることができた。上手く打てば、弾の軌道を遮るものは無い。
今里が隣の者へ訊ねる。
「いいか」
藤村は眼鏡越しに薄く笑んだ目を覗かせて、一言、
「り」
それが合図で、同時に銃弾が放たれた。
パシュウ、と電子銃特有の発射音は向こうにも届いたようだ。背を向けていた化け物が此方を見ようとした途端、右腕と腹にそれぞれ弾が突き刺さった。
流石に今里はど真ん中に命中させたが、藤村の弾は少しずれて腕に入ったようだ。
化け物はゆっくりと走る構えを見せた。急いでこちらも弾をセットする。
もう一度二人は撃ち込んだ。化け物はがくりと半歩後退した。
二人がもう一度銃を構えたのと、化け物が走り出すのは同時だった。
化け物は走るまでが長いが、走ってからは速い。しかし、すかさず二人の撃った三発目の弾が双方化け物に刺さり、鈍い音が二つ響いた。
二人から20m程の距離だった。弾を受けてばさりとその場に崩れ落ちた化け物は呻き声を上げる。ガシャンと巻き添えを食らった棚やハンガーの山が音を立てる。
もう一度立ち上がれそうな気配もある。二人は容赦なく頭を狙ってもう一発を撃った。今度は止まっていたゆえ二人とも狙った場所に命中した。
化け物の断末魔が響く。人間のような、ぐああああ、という悲痛な叫びがぐるぐると辺りを駆け巡って、一層高い電子音が不協和音を奏でるように鳴った。
その電子音をかいくぐるかのごとく、人語が聴こえて来た。
「人間ハ……愚カナ人間は……技術革新と己の成長を呼応サセズ……自堕落に至ルダロゥ…笑止……」
プシュウウという音と共に煙が噴出し、その姿は小さくなり、化け物は消滅した。その後に焼け残ったのは緑の電子回路だった。
今里が駆け寄ってそれを拾い上げる。拾った時にはもう煙は出ていなかった。
今里は、討伐してから一歩も動いていなかった藤村の元へ戻り、帰るか、と声を掛けた。
藤村は乱れたスカーフを巻き直して頷く。
「今回はしぶとかったな」
「うん。そーだね、最後自堕落って言葉が聴こえて、俺の事かなって思っちった」
目を空っぽにさせた藤村が渇いた声で呟く。今里が何か返す前に、「帰ろう」と藤村が続けた。
二人は元来た階段を降り、入り口を開けて出た。
遠くでまだ警備をしていた警官は、二人を認めるなり敬礼した。
辺りは先程より静かになっていた。警官に追い払われたせいもあろうが、時間が経って興味を失ったせいもあろう。
ただ近所の者と思われる数人が集まっており、二人を一斉に拍手で出迎えた。
お疲れさま、ご苦労様です、などとの人民の言葉を受け、今里は軽く会釈し、藤村は気さくに片手を上げて応じた。
これから化け物の亡骸を政府に送らねばならない。此処から中央局まで徒歩で赴く。毎度のことだ。
歩いて行く途中、藤村は、腹蔵なく己の心中を吐露した。
「俺、こんな感謝されるのって、初めてなんだけどさ。これも化け物退治が任期満了になったら、終わりなんだよな」
彼にしては珍しく、あまり笑っていなかった。普段はカラカラと雑に歩く下駄の音も、今だけは大人しかった。
藤村は少し上を向き、薄い唇をもう一度開いた。
「俺さ、化け物が居て良かったなとか、こうやって一般の俺に任せられるくらい簡単に駆除出来て良かったなとか、思っちゃったんだよなあ」
今里は何も答えず、遣り過ごそうとしたが、ただ、
「お前にも、国家奉仕の喜びがあったんだな」
とだけ、自分の身に引き付けた感想を返した。
末端のモノフォニィ yura @yula
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