悪戯好きな宵野さんは、今日もモブを構いたい。
もろ平野
プロローグ
「波多野、お前いつの間に宵野さんと仲良くなったんだ?」
「……あれが仲良く見えるのか?」
「俺だってあんな風に宵野さんに悪戯してほしいわ。めっちゃかわいいじゃんか」
県立高宮高校、昼休みの2年2組教室。教室内の1番騒がしいところの反対側で、波多野一太は友人である佐々木亜蓮と昼食を取っていた。
そして、2人の視線はその1番騒がしいあたりの中に座る、1人の女子生徒に向いていた。
綺麗な黒髪の僅かに外にハネたショートボブの中に、ちいさく整った目鼻立ちの顔を収めた、文句なんて付けようの無い美少女が楽しそうに笑顔を浮かべている。
「その内宵野さんも飽きるだろ。陽キャのノリは分からん」
「そんなもんかねえ」
カタン、と食べ終わった弁当箱に蓋をして立ち上がる。
「そうであってくれ。……英語の予習やる」
「……え? 予習って嘘だろ?」
「嘘じゃ無い。ドンマイ」
「——ねえ、こっち向いて?」
昼休みが終わって始まった4時限目の教室は、眠気でいっぱいだった。黒板に書かれた英語の文法が、さっぱり頭に入ってこない。やばい、俺も寝る……と思ったその瞬間だった。
とんとん、と右肩に軽い感触が走って、声のした方を向く。
すると、ぷにゅ、と右頬に何やら刺さる感触。
「あはははっ、ひっかかった!」
そう快活な笑い声を立てたのは、隣の席の女子生徒——宵野さんだった。艶やかな黒髪を揺らしてひとしきり笑った後、ようやく宵野さんは頬から人差し指を離す。
「……宵野さん?」
ようやく眠気の消え始めた頭を振りつつ、とりあえず「なにすんじゃい」的ニュアンスで名前を呼んでみると、
「寝そうになってたでしょ、波多野くん。感謝してほしいなあ」
と、まだ笑みを含んだままの声で返答が来る。授業中ということで声量は抑えられているが、とても楽しそうな声音である。
「……どーも」
「あ、全然感謝してない~」
「善意の裏にいつもの悪戯したい欲が透けて見える」
「あえっ、バレてる!」
……そう、宵野さんの「悪戯」は、高校二年生の春のここしばらく、いつものことになっていた。クラスが始まってから一月と少し、隣の席の宵野さんはとても楽しそうである。
「……良く飽きないね、宵野さん」
そう、とはいえいつか飽きるだろうしほっておこう、と「波多野くん」こと波多野一太は思っていたのだ、しばらくの間は。クラスの地味な一般人を自任する一太は、陽キャの誰にでも絡むあのノリか、と納得すらしていた、のだが。
「宵野さん」——宵野朔花はこてん、と小首を傾げた後にああ、と納得した顔をしてそれから答えを返した。
「飽きない、って君のこと? ないよ、だって楽しいもん」
にぱっ、と笑顔。
混じりけなく笑うんだな、この人は——という思考が頭を掠めたところで、思わず見とれかけていた自分に気づく。
思いがけない気恥ずかしさを誤魔化すように、そっぽを向いて呟いた。
「……さいですか」
窓から覗く空の色は少しづつ夏に近付いている。朔花はますます楽しそうに笑みを深めて、まだ隣の少年に届くことはない呟きを口の中で転がす。
「ほんとうに飽きないのは、悪戯じゃなくて君のことだよ、波多野くん」
先ほどの心底楽しそうな笑顔とはまた違う、どこか切ないような笑顔を浮かべた朔花は、頬杖をついてまだそっぽをむいたままの一太の方を向く。眠気に包まれた教室の中は、少しだけ暑いような気がした。
——これは、まだ始まったばかりの、ひとりのモブ男子とひとりの悪戯好きな陽キャ女子の恋のお話。
作者より
本作は悪戯してくる女の子ってかわいいよね、という作者の性癖からスタートした作品になります。これからの二人の行方、あるいは宵野さんの悪戯をもっと見たい……という方がいらっしゃいましたら、ぜひぜひフォロー、レビュー、応援コメントなどよろしくお願いします!
また、本作では意図的にひらがな表記を採用している場合があるかと思いますので、ご了承くださいませ。……普通に誤字も多いですので、知らせて頂けると大変助かります。
それでは、次話でまたお会いしましょう!
悪戯好きな宵野さんは、今日もモブを構いたい。 もろ平野 @overachiever
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