スーパーヒーローのヒーロートンカツ
北島坂五ル
スーパーヒーローのヒーロートンカツ
(1)
「引退おめでとうございます!これは当店からのサービスビールです!」
「わあ、ありがとうございます!」平野はテーブルに置いてあった電卓と本をどかし、ビールを置いた。
「でもなんて残念なんだ!」ウェイターは感傷的に微笑む。「私たちが好きだったパワーパンチマンをもう見ることはできないのか……」
「まあ……25年やりました。そろそろ僕は脇に出て、若い世代に引き継がせますよ」
「でも、これは大きな快挙ですね、長い間すごく人気のある特撮シリーズの主役のスーツアクターを担当した!それができたのはあなただけです、平野さん」
「いや、いやぁ……言い過ぎですよ」
平野はビールをちびりと飲んだ。そしてウェイターの驚いた顔に気づく。
「あれ?平野さん、いつもはビールを一飲みしていましたよね?」
「ああ、今はちょっとね。勉強しているから」平野はウェイターに彼が読んでいる大きな教科書を見せる。
「……『基本の会計』?おお、すごい……え?でも、なぜ?」
平野は返事をする前に、一人の少年が彼を見ていることに気づいた。12、3歳くらいだろうか。彼はこちらに来たそうなそぶりをしているが躊躇しているようだった。
平野は微笑んで彼を手招きする。そして彼のためにペーパーナプキンにサインした。
「うわー!」にんまりと嬉しそうだ。「ありがとう、パワーパンチマンさん!僕大ファンなんです!」
「ありがとう」
「村井拓也さんは平野さんと違ってあんまり良くない!」と少年は熱心に言う。「あの人は今の新しいパワーパンチマンだけど、それでもやっぱり平野さんは最高でした。誰も平野さんみたいなかっこいいパワーパンチマンにはなれません!」
「そっか、ありがとう。でも村井さんもとてもいいスーツアクターだよ。僕はもう引退したんだ」
少年は嬉しそうに去っていった。平野はウェイターの方に体を向き直した。
「えぇっと、先ほどの質問に――」
「まさか、会計士としての第二の人生を計画しているんですか?」ウェイターは畏敬の念を抱いたような表情をした。
「いや、それはきっとない。引退した今、新しくなにか挑戦できるものを見つけたかったっていうのと、僕がしたかったので……まあ、それは長くなる話です。とにかく、新しい挑戦として会計を選ぶことになりました」
「さすがパワーパンチマン!」
「いぇいぇ。あ……えーと、すみません、僕はここで軽い昼食を注文しただけなのに、それからずっとテーブルを占有してしまっていますね」
「大丈夫ですよ!私どものファミレスは、お客様に優しくがモットーです!特にあなたのような長いお付き合いをさせてもらっているお客様には。そして、最近の集客もよくなくて。ところで―」ウェイターはなんだか申し訳なさそうな顔をしている。「今日召し上がったトンカツいかがでしたか?新しいシェフが作ったんですが、彼は少し経験が浅いんです」
「ああ、よかったですよ」平野はにこやかな笑顔でうなずく。しかし実際はひどい味だった。それでも、平野はそれを完食した。彼は少しのお金も無駄にしない。
「すみません、あなたはトンカツにとてもこだわっている、とインタビューで読んだことがありましたので。ああ―」ウェイターは興奮している。「先週、あなたの『スーパーヒーローのヒーロートンカツ』についての雑誌インタビューを読みました!」
「読みました?」平野は笑う。
「はい!その料理をよく作るんですか?」
「実は今夜の夕飯に作ろうかなと思っています」
(2)
平野は病院を出て携帯を取り出す。
「ああ、いま今日のリハビリを終えたところ。えーと、今朝あなたに今月の生活費を振り込んどいたよ。銀行口座を確認しておいてね?……まあ、東京のほうがやっぱりもっとお金を稼ぐことができるからな。だから、とりあえずまだここにいるつもり。でも来週末は家に帰ろうかな、いい?……えーと、愛子はもう帰ってきたの?……じゃ後で電話するように伝えておいて。じゃまた」
その後、平野はアパート近くのスーパーにバスで向かった。彼の後輩、村井拓也はすでに店の前で待っている。村井は敬意を表しサングラスを外して軽くお辞儀をした。
店の中で平野は手に持った2パックの豚肉をじっと見つめている。1つは新鮮で、今日到着したばかりのものだ。もう1つは、30%の割引シールが貼られている。賞味期限が今日なのだ。平野は悩んだ末決めた。
「まあ、今日だけ!」彼は新鮮なものをショッピングカートに入れた。
「バジルを持ってきた、先輩!」村井はバジルを振り回し、自分のカートを平野に向かって押す。
「オッケー!よし、買い物終了――」
村井の後ろにいる青年に気づいた平野は眉をひそめる。あいつはパーカーのポケットからナイフを抜いた、あいつは緊張しているようだ、あいつはナイフをチェックしている、あいつは本当に緊張しているようだ、あいつは再びナイフをポケットに隠した、あいつはパーカーのフードを深くかぶった、あいつは向きを変え、あいつはレジのほうに向かって動き始めた、ヤバいヤバいヤバいヤバい!!!――
平野はその男の前に出て、隠されたナイフを持っている右腕をつかむ。
「おい、落ち着け!」
驚いた様子の男は、平野の手を振り払おうとしている。「なんのことだよ?放せよ!」
平野はその青年を全力で後ろから抱きしめた。
「聞け、お前が今それを行動に移したら、お前の人生は台無しになる!」
「俺はどうしたらいいか?!先輩!」村井はパニックを起こしているようだ。
「こいつからナイフをとって!」
「お客様どうなさいましたか?ここで喧嘩しないでください!」女性スーパー店員がやってきた。
男がついに平野を振り払うと、ナイフが平野の腹を横切った。ナイフが落ちるのとほぼ同時に、平野が床に倒れこむ。男は武器を置き去りにしたまま、その場から走り去っていった。
村井は平野に駆け寄っていき体を抱えた。
「……これはゴム製のナイフのようですよ」店員はナイフをチェックする。
「……」平野は床に座っている、痛すぎて話せない。
「先輩、大丈夫?」
「背中の古い怪我……」
(3)
「本当にどこもなんともない?」
「言ってたでしょ、それはおもちゃのナイフ。ジャケットすら傷ついていないよ」
「タクシー呼ぶ?」
「いらないいらない!歩いて数分のところだから。大丈夫!」
しかし、村井に全ての食材や飲み物、自分のバックパックを運んでもらい、さらに歩くのを支えてもらわないといけない。彼は役立たずだと感じた。しかし彼の背中の痛みがひどい。とてもゆっくりと、彼らは平野のアパートに歩いて行った。
「これが、村井君、君が27年間スーツアクターになるべきではない理由。僕を見て。体中怪我だらけ」
「心配しないで、先輩。俺は10年くらいって考えてる。先輩がこんなに長く続けられたのは奇跡だと誰もが言っているよ」
彼らは通りで論争している女と男を追い越した。女は泣いて男の腕をつかみ、男にしがみついているようだった。しかしその男は彼女を振り払う。そして女は地面に倒れこんだ。
「おい!」と村井は男に向かって叫んだが、村井を無視して立ち去った。
彼女はすすり泣きながら歩道に座りこんでいる。村井は起き上がるのを手伝った。
「今日は2つの素晴らしいことをしたね、村井君」彼らは再び平野のアパートに向かって歩き始める。
「先ずは、君は負傷したこのおじさんが起きあがるのを手伝ってくれた。そしてまた無力な女性が起きあがるのを手伝った」
「もう、俺をからかわないでよ、先輩!」
「村井君、もしさっきあの男が彼女の顔を平手打ちしたら、止めに行ったか?」
「うん、そう思う。女性に手を挙げるのは絶対ダメでしょ?」
「それは確かに。僕も彼にやめるように言っただろうな。ではもし、その男がお前には関係のないことだ、あっち行け!と言ってきた場合、君はどうする?その場を去るか?」
「それでもきっとその場を立ち去ることはしなかったと思う。あの男は女性に乱暴するべきではない!」
「そうか、僕はただ去っていたかもしれない」
「どうして?」
「ええと、まず、それはたぶん彼らの家族の問題だと思うし、それは僕の邪魔をする場ではないと思うから。だから僕はただ警察に電話するだけかもしれない」
「でも、さっき先輩は強盗を止めたでしょ?」
「正直なところ、それは衝動的な行動だった。落ち着いた今考えると、本当にバカなことをしたと思う。それが本物のナイフだったら、僕は死んでいたかもしれない。そして、僕の妻と娘はどうなってしまうか?」
「確かに、先輩は幸運だった」
「そのカップルの喧嘩に干渉しないかもしれないもう一つの理由は、僕はもう年を取っているということ。最近すぐ疲れるし。僕は老い、小さく、そして無力だということを日々感じているんだよ」
「それでも、もしあいつが本当にさっきのその女を殴ったなら、先輩はあいつを止めていただろうと俺はまだ信じている、先輩。あなたはそういう人、ヒーローだ」
「まぁ、多分僕は彼を止めるだろう、多分そうではないかもしれない。ヒーローになることに関しては、うーん、それについてはわからない。正直なところ、ヒーローとは何か?」
「誰かが困っているのを見たときに助けてくれる人……かな?」
「ちょっと」平野は腰をかがめようとするが、できない。「痛い……」
「先輩、何してるの?」
平野は歩道のたばこの吸い殻を指さす。村井が拾う。
「で、これは君にとってヒーローとしての行為か?ヒーローはごみを拾うか?」と村井に聞く。
「うーん……どうだろう……」村井は周りを見回したが、ゴミ箱が見つからないので、たばこの吸い殻をスーパーの買い物袋に入れた。
「日本ですごく人気のあるスーパーヒーローを25年間演じてきた僕は、ヒーローになることの意味を常に考えてきた。とにかく、僕たちは夕飯の時にこれについてもっと語ろうじゃないか――」
平野は彼らからそう遠くないところに立っている男を見つめる。
彼らが今日スーパーで出会ったあの時の強盗。
(4)
「先輩、彼を捕まえるべきか?」と村井がささやく。
その強盗は平野達には気づいていない。彼は自分の髪を掴んで、次に何をすべきかを決めようとしているようだ。
平野は前に出て、男の肩をたたく。
平野を見ると、鳥が猫を見るように後ろ向きにひるんだ。
「心配しないで。僕は何もしません」平野は手を上げる。「ねえ、僕たちと一緒に夕飯を食べませんか?」
「……」彼は言葉を失っている。
「今夜トンカツを作るんですよ。君が今まで食べたことないようなトンカツです。とても特別でとても美味しいですよ。どうですか?来ませんか?」
「……」彼は困惑しているように見える。彼はまた髪を掴み、平野に対して苛立ちを感じているようだった。しかし何といっていいのかわからない様子だ。
「今度……多分……」と彼はつぶやき、そしてパーカーのフードを被り立ち去った。
平野の携帯が鳴る。
「あ、愛子!元気?なにか新しいニュースはある?……何? 7万円のバッグ?……友達が誕生日にそれをもらったのか?ねえ、なんで高校生が7万円もするバッグを使うの?……わかった!わかった!あなたはただお父さんに近況報告してくれているのは知ってる!嬉しいよ!無駄にしないように注意したかっただけ。……じゃまた。ああちょっと!本当にお金が必要な場合は、お父さんに言ってね。そのパパ活ってやつ、しないでね!……あははは!じゃ!」
平野は電話を切り、笑顔で村井に向きを変える。
「ははは、娘に変態おやじーって言われちゃったよ」
村井は笑う。「思春期の女の子にしては十分優しいよ。父親としても素晴らしい仕事をしてきたんだ、先輩」
もう一度、平野のアパートに向かって歩き始める。
「でも先輩、その強盗を逃がして良かったと思うか?」
「まあ、事実、彼はまだ実際には何も奪っていない。僕たちは彼がやってしまう前に止めた」
「先輩はあいつを止めたが、俺は何もできなかった」
「僕は君の方が賢かったと思う」
「あの男を夕飯に誘ったのは本気でしたか?」
「はい……その時はいい考えかもしれないと思った。彼にとって良いきっかけになったかもしれない……でもそうじゃないかもしれない?どう思う?」
「わからない。ここ最近、ニュースで非常に多くの犯罪を目にする。放火、駅での攻撃、強盗……その男が今後社会に危険を及ぼすのではないかと心配になる」
「そうだね……君はおそらく正しい」平野はため息をついた。「僕は間違えたかもしれない。けど、僕はたまに考えることがあるんだ、人にはやり直しの機会が与えられるべきだということを」
平野は首を横に振る。
「あああ……わからない。何が答えなんだろう……僕は警官でも裁判官でもないから」
彼は空を見上げた。
「確かなことが言えるのは、この種の状況では僕はスーパーヒーローではない」
(5)
彼らは平野の家に着き、台所で準備をせわしく始めた。
「じゃあ、バジルと松の実をブレンダーに入れよう。そしてにんにく……ああ、そしてほんの少しの七味唐辛子」
「え?ちょっと、先輩、なぜバジルと七味?これはどんな料理なの?」
「まあ、イタリアンの味がするが、それだけではない。さて、オリーブオイル……と少しのゴマ油。それではブレンドしよう…素晴らしい!見てこのきれいな緑色!そして、この香り!」
「ああ、いい匂いがする!……そこのチーズはどうする?」
「そうそう、もう少しで忘れるところだった!まず、それを小さくちぎる。北海道産のマイルドな味わいのチーズ。味が複雑になりすぎないように少しだけいれる……ああ、そしてほんの少しの醤油。いいね!マリネとディップソースの両方として使用しましょう。さて、豚肉……」
***
「フライパンのトンカツもいい感じに出来上がっている。これらを取り出そう。みて、家で料理するときは、実際に揚げる必要はない。揚げ焼きだけでいい。この方法だともっと簡単に、そしてより健康的に……で、トンカツの余分な油を落として――おおおおっつっ!!」
「大丈夫?」
「ええ……また背中の怪我……今は大丈夫だ」
「ところで先輩、どうやってこのレシピを思いついたの?」
「えーと、昔行ったイタリアへの出張の後に触発されたんだ。僕たちは映画を撮るためにそこへ行った」
「ああ、わかる! それは『パワーパンチマン対ストロングキックウーマン』よね?ヴェネツィアでのそのバイクの戦闘シーンは伝説!」
「まあ、それはとても危険でした。バイクを空中に飛ばすシーンをやったのが、もう少しで海に着陸するところだった。僕たちはそこでの映画の撮影を許可されていたにもかかわらず、当時地元の警察は私たちに何度も確認しに来ていた。彼らは、僕たちがサン・マルコ広場を破壊することを恐れていたんだ」
「俺は当時はまだ高校生だった。そして、その映画を見て畏敬の念を抱いて、いつか『パワーパンチマン』になることを決心した」
「いいね、君の夢は実現したんだね。とにかく、僕たちはローマにも行った。そして、撮影の合間には観光する時間も少しあった。それは僕にとってこれまでで最高の旅行だった。僕はイタリアとイタリア料理に恋をしたんだ。帰国後もずっとイタリアのことを考えていた。そしてある日、仕事でトンカツ弁当を食べた。とんかつを食べていると、どういうわけかヴェネツィアの橋と信じられないほど美味しいパスタが思い浮かんだ。そして、インスピレーションが生まれた。ほら、トンカツは私のお気に入りの一品。それで、もし僕がイタリアの魔法を料理に加えることができたらどうなるだろうと思った」
「うーん、なんだか今、すごくイタリアに旅行に行きたくなってきた!」村井は目を輝かせながら言った。
彼らは夕飯のテーブルの準備を始める。
「それから、数年後、僕は家族をそこに連れて行ったんだ。そして、娘の愛子もそれに恋をした。実際に、愛子はファッションデザインを勉強するためにイタリアに行きたいとさえ思っている」
「いいね!夢があるってすごいことだ!」村井はお椀を手に取り、炊飯器からご飯をすくい取った。
「そうだよね。でも、愛子は外国語が苦手。あの子の英語の成績は決して良くない。そして、彼女はイタリア語を学び始めたけど、それがとても難しいと感じたらしく、彼女はこの夢を諦めようとしていたんだ」
「それは残念!」
「そうね」平野は冷たいビールの缶を2つテーブルに置いた。「僕のバックパックから本を取り出してくれないか?……ありがとう」
「なにこれ?……『基本の会計』?でも先輩、どうして会計について勉強しているの?」
「それは学生時代、数学は僕が一番苦手とした教科だった。僕が引退を決意したとき、次に何をすべきか考え始めた」平野は村井の手にある会計の大きな書物を指した。「会計はおそらく数学が使われる最も実用的な分野。自分がすごく苦手だったことを乗り越えて、自分に挑戦したい、そう思った」
「……これの半分のページを読むだけで、俺は頭が痛くなってきた」村井は本をめくる。「先輩、次は会計士になるつもりなの?」
「それはおそらく野心的すぎるよね。その上、成功したとしても僕の年齢で誰が会計士として雇うか?次の仕事については、実際に小さなレストランを開くことを考えている。ラーメン屋とかうどん屋とか……僕は料理が好きだから。会計士になれてもなれなくてもきっと学んだ知識は、もし自分でお店を開いたときに役立つのではないかなと思う」
「うーん、きっとそうだね」
「この話のポイントは愛子と僕は約束したんだ。この大きい本を1年で読み解き理解をすること。同様に、娘は1年以内に基本的なイタリア語テストに合格するということ」
彼らはテーブルに座った。
「先ほどの話に戻るが、僕はここ数年、ヒーローになることの意味について考えてきた。まあ、僕の人生のこの段階では、ヒーローになることは娘の見本になることを意味する。自信がないことでも、大きなことを成し遂げられることを娘に示したいと思う。諦めずに戦い続けなさいと」
「そうだね、戦い続ける!」村井はうなずく。「それが俺の思うスーパーヒーローであることの意味」
「さて、食べましょう」
***
トンカツの衣は、まるで太陽の光が降り注いでいるかのように、完全に金色に輝いて見える。
彼らはトンカツを一切れ箸にとり、それを口に入れた。
「……」
うま味がたっぷり入った、活気あふれるトンカツから肉汁が噴き出す。そして、バジルの強烈な美味しさと松の実のさわやかな香りが相まって、うま味をさらに豊かにし、多次元化している。うま味は何千もの妖精のように小さな粒子に砕け、平野の至るところで楽しく飛んで、彼のすべての細胞に浸透した。それは彼をとてもリラックスさせるものだった。彼の腰痛は不思議となくなった。すべての筋肉が柔らかくなったようだった。彼の体はとても軽く、とても快適だった……
平野は二度目の噛みつき。
衣は完璧でとてもサクサクしている。肉には心地よい弾力があった。
「うーん、先輩、これすっげー美味い……」
「さあ、ご飯と一緒に食べましょう。おいしい白いご飯がかかせない」
トンカツとご飯が一緒に完璧なタンゴを踊る。
やわらかくてまろやかなご飯は、油絵の帆布のようだ。豚カツを転がして、肉汁やうま味の美しい色を出し、サクサク感とコシを発揮した。ご飯、トンカツ、タンゴ、ダンス!……うわー、なんて素晴らしいんだ!
「それじゃあ、特製ソースをつけて食べてみよう!」
彼らはトンカツをそれぞれのソースボウルに浸した。
平野の口の中でバジルと松の実の香りが爆発した。とても激しい。とても魅惑的だ。
平野は目を閉じる。彼はローマに戻り、そこの路地の迷路を散歩し、システィーナ礼拝堂天井の傑作を見上げ、道端のレストランでパスタを味わっている……彼はヴェネツィアの運河を歩いたり、ゴンドラに座ったり、土産物店でマスクを試したり、サン・マルコ広場の空中にバイクを飛ばしたりしている……
イタリアでのその映画は彼のキャリアのピークだった。その後、少しずつ体力が低下していることに気づく。
突然、そのとてもマイルドでほとんど主張してこなかった七味唐辛子の味が浮かび上がり、平野はまだ日本にいることを思い出した。
「で、君はどう思う?」平野は村井のためにビールの缶を開ける。
彼らは乾杯し、ゴクゴクと飲んだ。
「うわぁぁ……冗談じゃなく、先輩、これは俺が今まで食べた中で最高のトンカツだ!そういえば、この料理に名前つけてたよね?」
「あるよ。『スーパーヒーローのヒーロートンカツ』と名付けた」
***
空になったビール缶はテーブルのいたるところにある。トンカツはすべてなくなっていた。特別なソースすら残っていない。
平野はしゃっくりがでた。「……だろ?男が落ち込んでいるとき、トンカツは俺たちの心に届く最高の治療薬なんだ!はははっ!」
「そうそう!」村井は自分の缶を彼の缶にカチッと当てた。「そしてそこにビールがいくつかあればもっと効果的だろう!」
「まだ信じがたい」平野はまたしゃっくり。「27年があっという間に過ぎた。スーツアクターとして27年。パワーパンチマンとして25年」
「ちょっとここで告白しておきたいことがある、先輩……」村井はビール缶を力強くテーブルに置く。「以前俺はいつも先輩よりもかっこよく演じられると思っていたんだ。一緒に働いたとき、俺は先輩をそばで見ていて、先輩よりももっと良いパワーパンチマンになると自分に言い聞かせていた」
「本当?がははは!ちょっと生意気な奴だなぁ、お前!」
「あはは、ごめんなさい……けど、本当にあなたからそれを引き継いだ後、俺は自分がどれほど愚かであったかを実感した。プレッシャーは信じられないほど!日本で最も人気のあるスーパーヒーローの一人としての負担は、とても重い……あなたが25年間それをしたなんて信じられない!」
「自分でも信じられないよ……ちなみに、先週、新エピソードを見たよ。時々お前のパンチはまだ十分に標準的じゃないな。見て!」平野が立ち上がる。「右手は本当にまっすぐじゃないといけないんだよ!そして、左手を腰に引き戻す必要がある。やってみて!……そうそう、それでオッケー!」
彼らは座って再び乾杯した。
「でも、もう上手だ、村井くん。上手い、俺を信じて。そして、お前は俺よりも優れたパワーパンチマンになるよ」
「ああ、先輩、ありがとう……」
「ねえ、泣かないで!俺たちはパワーパンチマン!一緒に立って!」
「はい、わかった!……でも先輩、どうして『僕』から『俺』に切り替えたの?」
「それは、今はパワーパンチマンだからさ!がははは!グイっと飲んで!……」
スーパーヒーローのヒーロートンカツ 北島坂五ル @KitajimaSakagoru
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