追加:そして望みは叶えられた




「……ドラゴン」

 呟いたのは、誰だったか。

「金のドラゴンが空に……」

 王都中の住民が空を見上げていた。

 あまりにも圧倒的過ぎる存在に、逃げる事すら忘れた。


 一人の魔導師がある事に気付いた。

「金の生物は、誓約の執行者だ」

 とても小さな声だったのに、ドラゴンに驚いて静まり返っていた空間には、思いの外響いた。

「執行者?」

 どこか遠くから、とてもよく通る声がする。

 それにより、周りの人達も魔導師に注目した。



「魔法誓約により、命を賭けたり何か大切なものを賭けた時、それが破られた時に代価を奪いに来るのが『金の執行者』だ。私は前に、結婚後の不貞で毒蛇に噛まれた者を見た事がある」

 結婚時に命を賭ける貴族は多い。

 ただし抜け道はあり、「後継が生まれるまで」とするのが貴族の常識だ。


「金の執行者は何をしても殺せない。しかし対象が滅ぶと消えるのだ」


 金のドラゴン。

 誰が何を賭けたのか。


 他人の物を勝手に魔法誓約の代償にする事は出来無い。

 誓約相手の差し出したものと同等だと、神が認めなければ誓約は成立しない。

 かつて子供が片方は母を、片方はペットのカブトムシを選んだが、成立した事がある。

 その時は命ではなく、1ヶ月触れられないといったものだったが、それでも周囲の大人を驚かせた。




 ドラゴンが火を吹いた。

 人々は悲鳴を上げるひまもなく、灰も残さずに消えた。

 後には建物が無くなった平地と、どこかで飼われていたのか猫と犬、鼠や虫などがいた。

 植木鉢に植えられていた植物は、鉢だけが消えていた。

 街路樹は何事もなかったかのように、青々とした葉を揺らしている。



 人間という生物と、それがもたらした文明というものが消失していた。



 王城を残して、周りの人間が居たあかしは全て破棄された。

 王城の窓から外を眺め、どこかの貴族が「私の領地が」と呟いた。

「既に淘汰とうたが終わった土地を通って他国へ逃げれば、命は助かるのでは?」

 破棄された街の跡地を見て「淘汰」と言う。

 結局この国の貴族は、王と同じ穴のむじなのようである。


 王城の上で、ドラゴンが咆哮する。


「王と王妃、王女とそのはらの子を差し出せば、我々は助かるのでは?」

「そうだ!いや、王女の父親である宰相も一緒の方が良いだろう!」

 言われた四人以外の者達がジリジリと四人を壁際へ追い込む。


「衛兵!騎士団長!おい!護衛はどこへ行った!!」

 王が叫ぶ。

 しかし誰も来なかった。

「何でアルテュールの婚約を破棄したのよ!」

 叫ぶマリアンヌの頬を王が殴った。

「貴様が!王族のままでいたいから、アルテュールと結婚させろと言い出したんだろうが!」

「アルテュールの結婚が誓約魔法が掛けられたものだなんて知らなかったのよ!」

「そんなもんは、儂だって知らんかったわい!」



「誓約の代償が国だったなんて……」

 宰相が呟く。

「普通は相手が自分の命を賭けるなら、こちらも自分の命だと思うわよ」

 しょうがないわ、と王妃が宰相の手を握りながら微笑む。


 ドラゴンの咆哮が聞こえ、王城が


 王は何も無くなった、いや、鼠や虫が蠢いている中に、独りで座っていた。

 その足元で、掌にのるほど小さい何かが蠢いて、息絶えた。

 まだ人間と認識されなかった、自分の子胎児だということを、王は気付かなかった。



『自分の責任を実感出来たか?』

 声と共に、金のドラゴンが消えた。

 滅んだ国の真ん中で、かつて王だった男は、ただただ座り込んでいた。




 終

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こんな国、滅べばいい 仲村 嘉高 @y_nakamura

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