誕生日の贈り物
磯風
八回目の願い事
その声を初めて聞いたのは、11歳の時だった。
『願い事は、ないかい?』
誕生日の朝その声を聞き、昨夜母親にきつく叱られた私はどうせ叶うわけがないと思いつつ願い事を呟いた。
「お母さんが僕を叱らないようにして欲しい」
翌日から、私は全く母親に叱られなくなった。
次にその声を聞いたのは22歳の誕生日の朝。
願ったのは、希望する会社への就職だった。
翌日、他の全ての会社からは断られたのに、第一志望で親友と一緒に受けたその会社だけなんとか補欠で内定が取れた。
33歳の誕生日の朝は、期待して待っていた。
その声に私は大好きな彼女との結婚を願った。
結婚に難色を示していた彼女の父親からの反対がなくなったので、すぐに結婚できて子供にも恵まれた。
44歳、5年前に起業した会社を大きくするための資金が欲しいと願った。
立て続けに金が入り、会社は飛躍的に業績を伸ばした。
55歳の時にはすっかり誕生日を忘れていたのだが、声が聞こえたので反射的に願い事を言った。
「毎日、旨い飯が食いたい」
願い事をひとつ無駄にしてしまった気がしたが、それからの食事は決して不味くはなかったので叶っていたのかもしれない。
会社を息子達に任せ、楽隠居を決め込んだ66歳の時。
願ったのは唯一の趣味である写真撮影で素晴らしい瞬間を撮影したい、ということだった。
カメラを持ってぶらぶらと歩きながら、あちこちの写真を撮っていた時に偶然取れた一枚をブログに載せたら大反響だった。
今でもその写真は、最高の一瞬を撮ることができたと思っている。
77歳の時は、ただ穏やかに暮らしたいと願った。
その後は、煩わされるものが何ひとつなくなり、私はゆったりと毎日を過ごした。
そして、今日。
88の誕生日の朝。
寝床で目を開けた私の耳に、やっぱり声が聞こえた。
『願い事は、ないかい?』
ないよ。
もう、何もない。
叶えたいものなんてないんだよ。
そう言って、私はもう一度目を瞑り二度寝を決め込んだ。
「兄さん、そろそろ起きてくださいよ。米寿のお祝いに一緒に食事をしようって……え?」
「あら、どうしたの? お義兄さんはまだ眠っているの?」
「大変だ、兄さんが……! 兄さんが、息をしていない!」
「なんですって?」
「医者! 医者を……!」
「先生、兄は……」
「ご臨終です。最近は寝たきりでお過ごしでしたからね……」
「……今度は……兄が」
「え?」
「ああ、君には話していなかったかな……兄さんの誕生日の日……何故か、11年毎に誰かが死んでるんだよ」
「まぁ……」
「11歳の誕生日の日は、母さんが事故で、22歳の時は兄さんの親友が。33歳の時には、義姉さんの父親が亡くなってて」
「偶然じゃないの?」
「偶然だよ。そう思っているけど……うちの親父と義姉さんの母親が亡くなったのは44の時だし、義姉さんが55の時に亡くなっているんだ……偶然にしては……」
「で、でも、その後は、66の時は、なんにもなかったじゃない」
「兄さんがネットに上げた写真……覚えてるだろう?」
「あ、あれ……事故の瞬間が、偶然撮れていたって……」
「あの写真が撮られた日が、兄さんの66の誕生日だ。その写真に写っていた人達は全員死んでしまった。そして、77歳の誕生日に……兄さんが作った会社が倒産して……」
「そう、だったわね……その時よね、お義兄さんが寝たきりになってしまったのって。息子さんがふたり共、自殺してしまったのだもの……」
「実をいうとね……正直、次に死ぬのは僕かもしれないって思っていたんだよ」
「ちょっと、止めてよ、縁起でもない!」
「でも死んでしまったのは……兄さん自身だった……でもね、僕は酷い弟なんだよ。これでもう……11年毎に怯えなくて済むって……安心しているんだから」
「泣かないで、あなたはなんにも悪くないわ」
『願い事は、ないかい?』
「なにか……聞こえたけど……君、何か言ったかい?」
「……いいえ、何も。気のせいよ」
誕生日の贈り物 磯風 @nekonana51
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