秘めた力④

「全く、今度茶化したら本当に怒りますからね」

 と背後でひとりブツブツ呟く智樹を無視して、一行は店へと脚を踏み入れた。

 店内は、店の外観同様に古い造りで、いかにも老舗といった雰囲気を醸し出していた。

 加えて店内に飾られたショーケースが、さらに老舗の味を引き立てている。

 この辺りは、流石は老舗といったところだろうか。

「いらっしゃい……。なんじゃ、また学生か」

 すると店の奥から、眼鏡を掛けた初老の男性が、不機嫌そうにやってきた。

 どうやら彼が、この店の店主のようだ。

 店主の男は、やれやれとため息をつきながら楝達の方へ近づいてくると、徐ろに手を出してくる。

 その意図が分からず、一同は顔を見合わせた。

「あ、あの……」

「こんな店に学生が来る時は、原石指輪の許可証が配布された時だけじゃろう。ほら、さっさと許可証を渡さんか」

「は、はい!」

 早くしろと言わんばかりの催促に、楝は慌てて自分の許可証を取り出し男に差し出す。

 それをみた残りの四人も、それぞれが許可証を手渡すと、受け取り終えた男は眼鏡を外しながら許可証の内容を確認した。

「鐘鈴学園の者だな。……ちょっと待っとれ」

 男はそういうと、五人を残しゆっくりとした足取りで、店の奥へと消えていく。

 そんな彼が、ずっしりとした木箱を抱えて戻ってきたのは、それから数分後のことだった。

「……全員、こっちへ来い」

 店主に促され、五人は静かに彼の下へと集まる。

 すると店主は、木箱から水晶玉を取り出し、五人の前へと置く。

「今から原石指輪を作るために、属性の判別をする。ひとりずつこの水晶に手を置け」

 その言葉に、楝以外の四人は首を傾げた。

「水晶玉? こんなもので、属性っていうのがわかるのか?」

「拓郎。あんたまさか、属性のこともわかってないんじゃないでしょうね」

「おう、わかってない!」

 即答で返ってきた返事に、麗奈は呆れ返る。なぜ彼は、いつもこうなのか。

「麗奈。拓郎に学を求めても無駄だぞ。しっかし属性はわかるけど、こんなので本当に判別できるのか?」

「属性を判別する方法は色々あるそうですが、水晶玉を用いる方法は僕も初めてですね」

 まじまじと水晶を観察する智輝に触発されたのか、麗奈を宥めた良隆も彼の横で水晶を見つめ始める。

 これには、流石の楝も苦笑いした。

「水晶は霊力に反応しやすいから、正確な属性判別をするときに使われているんだって。ただ、水晶は高価だから、あまり認知度は高くないみたいだよ」

「へえー。楝なのに、よく知ってるな」

「一言余計よ拓郎! ……まあ、私もギルドにいる知人から、先日教わったんだけどね」

 本当は教えてもらったわけではなく、ギルドの研究協力の過程で知った事なのだが、それはあえて言わなかった。

「おい!……そろそろいいか?」

「あ、はい! すみません……」

 店主の鋭い一言に、全員が気まずそうに縮こまる。

 この店主、やはり貫禄があるせいか、少し怖い。

「では、判別を始める。……誰からだ?」

「じゃあ俺からやる! いいよな?」

 速攻で名乗りを上げた拓郎の問いかけに、全員が頷く。

 最終的には全員が行うのだから、他の皆も異論はないようだ。

「では坊主、左手を水晶にかざして、右手をわしの手に重ねろ」

 店主の指示に拓郎は頷くと、両の手を水晶と彼の手にそれぞれ重ねる。

「今わしの手には、新品の原石指輪が二つある。この指輪と水晶に力を込めるイメージで、意識を集中させてみろ」

「お、おう……」

 何故指輪を二つ用意したのか気になる拓郎だったが、今それを聞くとまた叱責されそうな気がする。

 拓郎は小さな疑問を抱きながらも、静かに眼を閉じると、店主に言われたように意識を集中させた。

 すると突然、先程まで透明だった水晶が紅に染まった。

 よく見ると、その中では、蝋燭のような灯火が、僅かに揺らめいている。

「……もういいぞ、坊主」

「え、もういいのか?」

 思っていたより呆気なかったので、拓郎は思わず眼を丸くする。

 そして、水晶に揺らめいていた紅い灯火も、拓郎が手を離すと同時に消えてしまった。

「……坊主は火系統、紅蓮属性だ」

「紅蓮、属性??」

 聞きなれない言葉に、拓郎は首を傾げる。

 そんな彼の姿を見た店主は、呆れたようにため息をついた。

「おまえさん、属性の分類もろくに知らんようだな」

「す、すみません……」

 この店主に謝るのは、今日はこれで何度目だろうか。

「いいか。属性っていうのは人それぞれ、種類もたくさんある。だがそれら全ては、大きく分けて八つに分類される。それが属性の分類だ」

 そういうと店主は、後ろの棚から図式の様なものを取り出し、カウンターに広げた。

 そこには相対図の様なものにそれぞれ、火、水といった文字が記されている。

「まず代表的なのは、自然界の四大元素の属性。それぞれが、火、水、風、地に分類される。それぞれの性質を操る属性、そう解釈すれば良い」

「つまり、さっき言っていた、火系統っていうのは……」

「火を操る力、ということだ」

 なるほど、といわんばかりに関心する四人。楝は流石に知っているため、内心苦笑する。

「ちなみに人間の殆どが、この四大元素系統の力を持っている。……例外はあるがな」

「例外?」

「そうだ。下の図を見てみろ」

 麗奈の問いに、店主は図式の下部を示した。

 そこには先程とは異なる図式に、属性と思しき文字が四つならんでいる。

「ひとつは聖、所謂光を扱う属性だ。こいつの最大の特徴は、補助に特化した属性、ということだ」

「……つまり、攻撃手段を持たない属性、ということですね?」

「そういうことだ」

 智輝の質問に、店主は頷いた。

「あと、こちらの殊というのは、今上げたどの分類にも属さない、特殊な属性のことだ。これを持つ奴は、滅多にいない」

 楝の記憶が正しければ、ギルドトップである奥村も、確か殊系統の持ち主だったはずだ。

 彼の力は、亜空間を生成する空間属性であり、それを組み合わせた戦闘スタイルは、かなりえげつなかった気がする。

 確か、亜空間に斬撃を飛ばした後、敵が油断したところを狙って、任意の空間に出口を作り、不意打ちまがいの一太刀を連続で浴びせる、というものだったような……

 楝は思い出しただけで、恐怖のあまり僅かに身震いした。

「で、最後がこの闇属性だが……。こいつは、言わんでもわかるな」

「ダークソウルだけが扱える属性ですね?」

 智輝の言葉に、店主が頷く。

「死した魂がダークソウルへと転化した際、そいつが持っていた属性そのものが闇を帯びた霊力に変化する。それが闇属性だ。だから、人間がこの属性を有することは、まずあり得ん」

「でも、どうしてダークソウルになると、その人が持っていた属性が、そのまま闇属性になるんだろう?」

 不意に浮かんだ疑問を口にする麗奈。しかし……

「知らん」

 と、店主に一喝されてしまったので、それは分からずじまいだった。

 実際ダークソウルは、その起源も含め謎が多い。

 伝承では、小夜姫がダークソウルの軍勢から世界を救ったとされているが、一説にはその小夜姫がダークソウルの起源だった、という説もあると聞く。

 ギルドでも長年ダークソウルについての研究がされているが、その原理や謎すべてを解明できているわけではないのだ。

「以上が属性の分類だ。……わかったか?」

「お、おう」

「あ、ありがとうございます……」

 拓郎と麗奈がおずおずと店主にお礼を告げるが、良隆はひとり腑に落ちない様子だ。

「……なんだ、そこの銀髪坊主。まだ何かあるのか?」

「あ、いや、その……。この属性だけ、説明して貰ってなかったから、気になって」

 そういって彼が示したのは、『双』と書かれた属性だった。

「そいつは“二つ持ち”の総称であって、属性上の分類はない。だから説明も必要ない」

 店主はそれだけ口にすると、説明する気がないのかこれ以上の話をすることはなかった。

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The knight of darksoul ナツミカン @natsumikan723

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