その妖怪、すぐ横に

朏 天音

御話

『ぬらりひょんって、本当に強いの?』


 ときは昼休み。場所は小学校。

 暑く熱された風が吹き、蝉の鳴き声がおさまってきた頃。

 唐突な質問に、教室は一瞬だけ静まり返った。



 ことの発端は、さかのぼること十数分程前─────



「なぁなぁ、幸人ゆきと! この前貸してもらった漫画読んだよ! めっちゃ面白かった!」

「そうか、それは何より。僕もあの漫画は好きでね。古本屋で一目惚れして全巻買いしたんだ。お陰で貯めていたお年玉は消えたけどね」

「あらら、全額使っちゃったわけね」

「その通りだ」


 お小遣いに関しては家によって額の違いはあるが、悲しきことに幸人の家は、小学生のうちは月五百円という過酷な環境。

 小学生のお年玉は基本的に親の元へ行くという家庭も少なくはない。

 幸人は制限付きで少しだけ手元に残るのが唯一の助けだろうが、今年の分は使い果たしてしまったようだ。

 お金管理のことを考えると、大人が使い方について少々叱らなければいけないのだろうが、本人が望んで買ったものだ。周りの者に口出しする権利は基本ない。


「今年大丈夫?」

「もう死んだも同然かもしれんな」

「ダメじゃん」

「それより雄馬ゆうま、どうだった?」

「あぁ! あのね! 若! 若様! 第一話の時点でカッコよすぎ!」

「だろ!? 妖怪の総大将である、ぬらりひょんってところがカッコよすぎないか!?」

「そうそう! めっちゃ強いの! セリフめっちゃカッコよくってさぁ!」


 漫画の話で盛り上がる、雄馬と幸人。

 最初は第一話の話から入り、妖怪の話へ。

 しかし結局は、漫画の主人公である『ぬらりひょん』の話へと戻っていくのだった。


「やっぱりぬらりひょんって強いなぁ」

「後カッコいい」

「そうかのぉ?」

「妖怪になれるならぬらりひょんがいい〜!」

「同感だ」

童共わっぱどもよ、こんなジジイになってどうするんじゃ。嬉しいがの」

「ねぇ」


 話しかけてきたのは、教室にいた女子二人の内の一人。

 この教室には四人しか残っていないから、嫌でも雄馬と幸人の話が聞こえてくる。


「ぬらりひょんって、本当に強いの?」


 声のボリュームが大きくて、五月蝿いと怒られるのかと思いきや、投げかけられたのは予想外の質問。

 幸人は妖怪に興味があるのかと驚き、雄馬は質問の意味がわからずハテナを飛ばしていた。


「も、もう一度聞いてもいいか? さくら

「だから、ぬらりひょんって本当に強いのかって聞いたの」

「ふむ。面白いことを言いよるな、小娘こむすめ

「桜〜。ドユコト?」

「バカ雄馬は黙ってなさい。面倒になるから」


 雄馬と幸人があまりにも『ぬらりひょんが強い』『ぬらりひょんはカッコいい』というものだから、桜は気になってしまったのだ。

 気になったら行動を起こしたくなるタチの桜は、居ても立っても居られず、二人に聞いたのだろう。


「ぬらりひょんは総大将。これは常識。ゆえに強いことも常識。だと思うが?」

「まぁそうだね〜。俺もそう思うかな〜」

「随分と大物になったものじゃのぉ〜! わ、し」

「でも、誰かが絶対そうだって言ったわけでもないでしょ?」

「そう……でもない、のか……?」

「俺、それ知らない……」

わしも知らない」


 誰かが公言したという話は聞いた覚えがない。

 しかしどの漫画も、基本的にぬらりひょんが強く、総大将、親玉的位置にいるのは普通になっている。


「じゃぁ、みんなで調べてみるのはどう?」

夏樹なつき! ナイスアイデア!」

「それに、完成させたら宿題減るかもよ?」

「そうか! 自由研究として使える!」

「宿題減るなら大歓迎!」

「最近の子供は大変そうじゃの」


 こうして、教室にいたもう一人の女子、夏樹の提案でぬらりひょん調査をすることに。

 夏休みも近く、妖怪であれば夏にはピッタリのお題であろう。

 合同制作が可能とされている自由課題、自由研究として四人は調査を開始した。


「まずはどんな妖怪か調べなきゃ。夏樹、いいところ知ってる?」

「う〜ん。図書館かな。妖怪でって言われると、幸人くんの方が詳しそうだけど……」

「図書館でいいと思うぞ。だが、まだ空いているし、図書室はどうだ?」

「図鑑あったっけ?」

「図鑑なんてあるのか……。進んどるのぉ」


 図書室に向かうと、一冊だけだったが『妖怪図鑑』と書かれた図鑑があった。

 比較はできないが、ないよりマシだろう。信憑性もアリだ。


「あ! あった!」

「お前見つけるの早いな」

「儂もちゃんと載ってあるんじゃな」

「俺間違い探し得意だよ!」

「すごいな、雄馬」

「えへへ〜」

「そこ二人、黙って」

「は〜い」

「了解」

「儂も黙った方が良いか?」


 図鑑に描かれている絵は、漫画やアニメなんかでよくみる絵で、調べてみると、鳥山とりやま石燕せきえんという人が描いた妖怪画らしい。

 その横に書かれていたぬらりひょんの解説文を桜は読み上げた。


「説明は……『人の家に勝手に上がって茶をすする妖怪』だって……」


 正直言って拍子抜けだ。


「えっ!! 嘘でしょ!?」

「雄馬くん、ここ図書室!」

「あっ、あ、ごめん!」


 雄馬も驚いたのだろう。同時にガッカリもした。

 だから叫んだのだ。

 夏樹に小声で注意されてしまったが。


「ぬらりひょんってこんな、よくわからない妖怪だったんだね……」

「私もちょっと驚いちゃった。幸人くんは知ってた?」

「一応僕は、知っていた。だから然程さほど驚きはしないな」

「幸人お前、抜け駆けすんなよ〜!」

「漫画の中で書いてあったんだ。僕はもう読み終わっているからな」

「そんな驚くことかのぉ。儂は絵が気に入ったぞい!」


 持っていた知識が、漫画・アニメで見た程度だと、この事実は驚きしかないだろう。

 しかも、図鑑の説明欄にはどこにも『妖怪の総大将』なんて言葉は書かれていないのだ。


「書いてないじゃん」

「何故だ?」

「何で〜?」

「図鑑に書いてないってことは、本当のことじゃないってことなのかな」

「儂、総大将なの?」


 この後、図書室中の妖怪関連の本を読み漁ったが、残念ながら総大将については書かれていなかった。


酒呑童子しゅてんどうじばっかり……」

「桜、天狗てんぐならいたぞ」

「懐かしい名前が並んどるのぉ」

「ぬらりひょんいないじゃぁん……」

「ネット調べに変えよっか」


 夏樹が苦笑いで提案し、四人は先生に許可を取りコンピューター室へ。

 調べていくと、二つのことがわかった。

 一つは、『ぬらりひょんは総大将や親玉と呼ばれる妖怪ではない』ということ。


「親玉として描かれることが多いのは、基本的に酒呑童子みたい」

「鬼だったよね。絵だけ見ると結構怖いかも……」

「親玉と言われたことは一度だけあるらしいが、詳しいことはわからない上に、何を思ってそう言ったかはわからないみたいだな……。まるで家主のようだという説が濃厚らしいが」

「結局、ぬらりひょんは別に総大将でも親玉でもなかったってことだな。結構ショック……」


 二つ目は、『ゲゲゲの鬼太郎がこのイメージ付けをした』ということだ。

 実際にゲゲゲの鬼太郎では、妖怪の総大将としてぬらりひょんが登場している。

 しかもめちゃくちゃ強いという、能力付きで。


「水木しげる大先生であったとは……存じ上げておらず……不甲斐ないっ!」

「やっぱり、鬼太郎の作者すげぇんだな!」

「有名な作品がイメージ付けるってよくある話だけど、ここまで浸透するとすごい……!」

「ゲゲゲの鬼太郎って本当に、妖怪の原点みたいなところあるよね」

「儂、総大将になっとんたんじゃのぉ。こんな迫力出してみたいわい!」


 一通り調べを終えて、四人は教室へ向かった。


 『妖怪は人の想いや、言葉から生まれる』

 ネットで探しているうちに見つけた言葉で、図書室で見た本にも、似たような文があった。

 妖怪は想像から生まれたものだから、怪談のようなものだと、話が変われば妖怪も変わると言った感じに、姿形は勿論、出現の仕方なんかも変わってくる。


 ならば、現在定着している『ぬらりひょんは強い』『総大将だ』というイメージも、反映され、ぬらりひょんが強くなっているかもしれない。

 そうだったらいいな。面白いな。

 そんなことを桜はふと思うのだった。


「はてさて、どうじゃろうのぉ? はっはっはっはっ!」


 桜は一人、何かの気配を感じ取った。


「およ?」


 どこかで声がした気がする。誰かがいた気がする。

 桜はそう思い辺りを見渡すが、どこを見ても特別誰かがいるわけでもなかった。


「この娘、気付きよるか……」


 気のせいだと片付けようとしたが、それを止める。

 もしかして本当に誰かいたのではないか、見えない何かがそこにいたのではないか。

 沸々と湧き上がる興奮は、桜を行動に移させるには十分だった。


「ねぇ! 妖怪についてもっと調べない?」

「賛成! ちょうど私も、そう思ってたところ!」

「俺も知りた〜い!」

「僕も知りたい! 妖怪についてなら、何でも答えられると言えるように!」

「嬉しいことを言ってくれるのぉ!」


 子供内は見えないものが見えやすいと、ネットには書いてあった。

 今四人は小学六年生。猶予はまだあるだろう。

 眉唾かもしれないが、試してみたいと彼らは思ったのだ。


 見えないものが見えたところで、いいことはないと人は言う。

 しかしそれを決めるのは自分達だ。

 試せるのなら試せば良い、危険が無く、できるところまで。

 会いたいなら会いに行けば良い、見えなくとも構わない。


 結局彼らは夏休み中、妖怪について調べまくった。

 それはもう、のめり込むように。

 後にこの自由研究が、地元のちょっとしたコンクールで賞を取るとは知る由もない。


「人は良いのぉ! 面白きかな、面白きかな。はっはっはっはっ!」


 彼らの話を側でずっと聞いていたぬらりひょんが、満足そうに去っていく。

 夏休みの間、ちょくちょく四人の様子を見にきては、お菓子をくすね取って食べていたのは、誰も気づかなかった秘密のお話。


 あなたの家でも、誰も食べていないのに消えたお菓子はありませんか?

 机の上に空の袋だけ転がっているけれど、誰も食べた覚えがないことはありませんか?


 もしかしたら、『ぬらりひょんの仕業』かもしれませんね。



 妖怪は、あなたのすぐ側にいる───────

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