ゆめ

1.

 さて、肝心の妻に対してホワイトデーのお返しを渡せていないまま日が暮れようとしている。

 もうそろそろ作業も落ち着いてる頃だろうしもう一度作業場に向かおう。

 コンコンと扉をノックし「ゆめ」と呼びかける。

 しかし部屋の中から応えは帰ってこない。もう一度ノックをする。コンコン。

 それでも応えが帰ってこず、仕方なく部屋の扉を開ける。


2.

 やはり、眠り姫は美しい宝石のようだと何度見ても思う。

 散らばった文房具やラフの中に、一際目立った寝顔。

 眠り姫に声をかける。

「ゆめ」

 優しく肩を叩きながら声をかけるとあくびとともにゆめは目を覚ました。

「えっと……今何時ですか?」と寝ぼけ眼を擦りながら僕に問う。

「午後六時前だよ」と返し頭を撫でる。

 うーん、と伸びをし、机においてある冷めたコーヒーを飲み干し、僕の方を見る。

「もう晩御飯ですか?」と頭を傾げるゆめに「晩御飯はまだだよ」と返しながら包みを渡す。


3.

「はい、ホワイトデー」

 そう言いながら瓶詰めのキャンディを手渡す。

「あっ。えっと、今日ってホワイトデー……でしたね」

 顔を赤くしながらしどろもどろになるゆめを見て微笑む。

「そう。でも忘れてるのかな、仕事大変なのかなのどっちかで悩んでた所」

「完全に忘れてました……渡して自分の中では完結しちゃってたので」

 やっぱり、と笑いながら頭を撫でる。

「キャンディ……意味は知ってますよ」とゆめがにこりと笑う「流石だね」とまた頭を撫でる。

「もう、子供じゃないんですから」と言いながらも手を振り払わないゆめの頭をひたすら撫でる。


4.

 頭を撫でてるうちに夢が目を瞑る。

 愛おしい顔を少し眺めた後に唇を重ねる。

 その時、扉がギィっと音を鳴らした。

「はぁ」

 重ねていた唇を離し、わざとらしくため息をつく。

「そんな趣味の悪い事してないで出ておいでよ」と僕は扉に向かって話しかける。

 扉が開くと、そこには屋敷のみんなが居た。全員、居た。


5.

「これは参ったな」

 呆れた顔をしているナズナ、嬉しそうなモモ、笑いを堪えているユズ、不敵な笑みのカリン。

「いつから?」と僕が尋ねるとナズナが「キャンディ渡してるとこらへんから」と答える。

 かなりの間見られていたみたいだ、この屋敷にプライバシーという物は存在しないのだろうか。

 なんて思いながらそれも愛おしくてゆめと二人で顔を合わせて笑ってしまう。

「はいはい、お熱いお二人さん。ご飯できてるから夕食にしよう」

「それじゃゆめ、行こうか」

 はい、と返事が帰ってくるのでゆめの手を握りみんなでリビングに向かう。


6.

 このような感じで僕のホワイトデーは終わった。

 その後はいつもの日常と変わらない生活だった。

 ご飯を食べた後にお風呂に入り、談笑した後に部屋に戻り寝る。

 なんともまぁ充実した一日だったなと思いながらふと気がついてしまう。

「……今日の仕事そう言えば一切手を付けてないな」

 やれやれ、なんてわざとらしく笑いながら明日の自分に託す。

 おやすみなさい、良い夢を。


 おしまい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

Sweet Confession : ホワイトデーな一日 るなち @L1n4r1A

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ